第6章 針
それから。
「………形見は?」
「通帳もとりあえずはうちが管理」
義母の声を遮り透子が声を荒らげた。
「お父さんの形見の時計と、お母さんの指輪は、どこへやったんですか!?」
血相を変えて詰め寄る透子に二人がひるんだ。
が、今までそんな風に狼狽えたことの無い彼女を見て、咲希がその顔に笑いを浮かべた。
「あんな安物………けど、本来は相続権ってあるのよ。 叔母さん達が亡くなった時、うちは何も要求しなかったでしょう?」
「そ、そうね。 あれも透子さんの先行きを思って」
相続権?
突然の事故で、両親の遺言は無かった。
するとたしかに姉妹にも相続はいく。
時効は………十年。
まだ相続は有効だ。
「価値としては、保険金や預金の方が余程あったはずだわ」
思考を総動員させ、透子がスカートの生地をぎゅっと握る。
咲希は決して頭は悪くない。
取り返せる手を思い付かなかった。
「で………ですけど、子が未成年の場合には」
特別に養育として相続が有利になったはず…ではなかっただろうか。
「その時に貴女は弁護士を通して? そして養女となり成人になった今、そう出来て?」
咲希の指摘に二の句がつげない。
懇願ともいえる、最後の方の声が震えた。
「………お金…通帳は良いんです。 作れるものですから。 でも、形見はどうか返して下さい」