第6章 針
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いつもは返事が帰って来ない挨拶でも、八神家と関わったあとなら、義母は『お帰りなさい』と言ってくれる。
「ただいま帰りました」
普通にそれを予想し透子は玄関先で靴を脱いだが、なにも答えは無かった。
リビングからはいつも通りににテレビの音が聴こえる。
こちらの声が聞こえたのならいい、と、二階への階段をのぼった。
「え………?」
ドアを開けた途端、自分の部屋の様子がおかしいのに目を見張った。
たしかに急いでいたせいで、服などは片付けて行かなかったが、まるで強盗にでも押し入られたみたいに荒れている。
クローゼットも開けられ、中身が床に散乱して。
デスクの上の書籍類はあるが、PCが見当たらない。
書棚にある引き出しを確かめに部屋に踏み入ると、背後から人の気配を感じた。
「さ、咲希さん。 と、お義母さん………?」
言うが早く咲希に奪われたのは、透子が手に持っていたバッグだった。
バッグの中にはスマホや身分証、財布が入っている。
「透子さん。 八神さんのお家に行くのはお止めなさい」
沙希の行動と、頬に手をあてて言ってきた義母の言葉の意味が分からなかった。
「アイツ………あんな性格の悪い男のとこに行ったって、泣きを見るに決まってる。 新しい会社にも、行かない方がいいわ。 これ、ほとぼりが冷めるまで預かっておくから」
「沙希さん、バッグを返して下さい」
「あのね。 昨日咲希ちゃんに聞いて、うちも調べたのよ。 あの八神静って人。 問題があってね。 随分と女性関係もふしだららしいわ。 お嫁に行って出戻り、なんてなるんなら、逆にうちの恥の上塗りだもの」
そんな話を聞いていた透子が慌てて書棚に駆け寄った。
奥の箱を開き、その中にあった通帳が無い。