第9章 きゅう
案外似ている松田の声真似と相まって、眼鏡をくいっとあげて、焦る仕草が浮かぶ。
上司の休みをバラすなんて、けしからんやつめ。
何度目かの信号で車が止まった時、ガサゴソと後ろから何か引っ張ってきたような音と、そっと優しい重みとタバコの匂い。
大人しくリクライニングを下げ目を瞑っても、なかなか寝付けなかったのに、悔しいがそのせいでやけに安心する。
「タバコ臭いな」
「まだ寝てなかったのかよ。仕方ねぇだろ、張り込み用なんだから」
「最後に洗ったの、いつだ?」
「い、いつだっけなー」
わざとらしい口笛に盛大に溜息をつく。
「仕方ない、俺が使い終わったら洗えよ?絶対」
そういいつつ、運転席を背中に本格的になる体勢をとる。
靴を脱いで軽く体を丸め、首元にあった薄手の毛布を頭の先まで被る。
「へいへい。わぁーったよ、って!本格的になる体制とってんじゃねぇよ、仮眠くらいにしとけ。ガソリン無くなるだろうが」
「経費でつけとけ」
「可愛くねぇやつ」
「男だからな。安室だと可愛いって言われるんだけど」
「うげぇ、…あれ許されるの、ヒロだけだろ。イチモツ抱えた奴がやることじゃねぇんだよ、」
「うるさい。寝られないだろ」
「俺も夜勤明けなんですがね」
「…」
「狸してんじゃねぇよ」
なんて言葉を最後に、また車が動き出す。
静かになったと思ったのは、俺が寝たせいか。
松田が黙ったせいか。
車の座席、しかもリクライニングを倒しただけの寝心地の悪い助手席だというのに、なぜかぐっすりと眠れた。
松田のおかげか、久しぶりに泣いたせいか。
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ー…意識が浮上したのは、それから数時間後。
自分じゃない誰かの寝息を聞いて、ハッとした。
一瞬自分の部屋じゃないことに焦るも、松田とのやりとりを思い出し安堵する。
起き上がり隣を見れば、リクライニングを倒し器用に体を丸める松田がいた。
その時くしゅんっと聞こえて、自分の掛けている毛布と合わせ見る。
うまく覚醒しない頭だが、俺はもう使わないと自分にかかっていた毛布を掛けてやる。
変な体勢で寝たせいか、あちこち体が痛い。
外に出て伸びでもしようと、靴を履き直す。
高台の開けた場所に止まった車。
ドアを開け、外に出る。風が心地よかった。