第1章 いち
「、ごめん。これ見たらすぐ行かなくちゃ行けないんだ」
イルカを見ながら、声を潜めて言う。
「ほんとうに、ごめんね」
ヒロは悪くないでしょ。
悪いのは、ヒロじゃないでしょ。
「ううん、へーき。ヒロのお仕事応援してるし」
どこまでも強がりな私は、聞き分けのいいフリをする。
「ありがとう」
「どういたしまして、それなら少し早く出た方がいいね。家族連れ多いから、混んじゃうもん。またいつでも来れるし」
あぁ、あんなこと言わなきゃよかったな。
「ごめん」
思えばヒロ、謝ってくれただけだった。
ショーのクライマックスをみる前に立ち上がる。
この続きはいつかって、思ってたのは私だけだったのかな。
「ヒロ、行こう」
行かないでっていえばよかった。
「うん」
立ち上がった時、いつもみたいに手を繋げばよかった。
何も言えなかった。
お互いに手はつながなかった。
「ヒロ」
「送れなくてごめんな」
「大丈夫だよ」
「ごめん、もう行くよ」
水族館をでて、私が見送る時はいつも振り返ってたのに。
ヒロ、
ひろ、…。
お願い、あの角を曲がる前に。
ヒロの背中が見えなくなる前に。
振り向いて、ひろ…。
ーーーーー
ーー
ー
「!!」
夢…か。
シャワーして着替えた後、寝ちゃったみたいだ。
あんなに熱いシャワーを浴びたのに、もう寒い。
乾かし忘れた髪は、まだ少し湿っていてだいぶ冷たくなってる。
そう思っていた時、ドアの鍵が回る音がした。
ヒロ、だ。
ヒロ、やっぱり夢だったんだ。
降谷君の電話もみんなが来たのも、ねぇ、そうでしょ。
「ひろ、おかえ…!」
ドアが開ききるまえに、わたしはドアノブを掴んで押した。
「降谷、くん」
なんで、そんな顔してるの?
「ひろは?」
ごめんね、降谷くん。
「ごめんな、」
「とりあえず、中に入って」
真夜中の客人は、見慣れた鍵で私の家に訪れた。
降谷君の背中、こんなに丸かったっけ。
知らない、お酒の香りが混じる。
「降谷君、大変だったね。珈琲のむ?」
降谷君にとりあえず椅子に座るよう促して、うなづいたから珈琲を淹れる。
無意識的にヒロのカップにそれを注ぐ。