第1章 いち
「今の人、ヒロに惚れたよ。あーあ、ヒロってばモテモテ」
「そんなことないよ、ゼロじゃないんだから」
ぎゅーっと、手をにぎる。
ヒロは鈍感すぎる。
「ヒロ、すき?」
不安になっちゃうよ。
「そう言ったでしょ、オレ」
「うん」
ヒロが私に好きって言ったのは、たった一回だ。
忘れちゃうよ、そんなの。
「だから、今日会ってるんでしょ」
「うん」
今すぐヒロにぎゅってしたい。
「うちに帰ったらね」
「何を」
「顔に書いてあるよ、」
ゴシゴシと擦ると、クスッと笑った。
「いこ」
この時、無視して抱きつけばよかったかな。
斜め前を歩くヒロの背中がかっこいい。
「うん」
平日の昼間だからか、人はそんなに多くない。
大きな水槽で揺らぐクラゲを見ながら、想像するのは2人の未来。
「ヒロ、くらげって飼えるのかな」
「飼いたいの?」
「んー」
「初心者には難しいみたいだよ、」
そう言って見せてきた携帯の画面に、そっかぁと呟く。
「まぁ、設備があればってところかな」
私が聞くと、答えをくれるヒロ。
「ヒロは何か飼いたいのある?」
「オレは…」
「考えておいてよ」
答えを聞くのが怖くなって遮る。
ヒロは多分、ないって言うから。
「そうだね」
薄暗い青い室内は、程よく暖かい。
分厚いガラスの向こうは、きっと寒いに違いないけど。
「そろそろ行こうか、イルカのショーがあるみたい」
「うん」
ヒロの後ろを歩く、その時ヒロの携帯のバイブが鳴った。
「ごめん、先に行ってて、」
「仕事の電話?」
「かも、すぐいくから」
申し訳なさそうなヒロを見ていたくなくて、わかったと声をかける。
子供連れの家族がイルカショーを見るために、私を越していく。
たとえば、こう言う未来があるのかなって。
ヒロと私の、子供と。
ヒロがすぐに私を見つけられるように、ヒロに何かあったらすぐに戻れるように。
入り口付近に座った。
1番上の段の椅子は、水槽から少し遠くて。
全体を見られるから、別にいい。
視界の隅に映る家族を見ながら少し羨んで、そう自分に言い聞かせた。
「お待たせ、」
ヒロが隣にくるまで、少し私は醜かった。