第9章 きゅう
「そうそう、谷原ってやつ」
ここでもか、って思った。
「ポアロで会ったのか?」
「そうそう。ほら、の顔見に萩と行った日。まぁ、お前、途中で抜けてたからしらねぇと思うけど。
梓さん、だっけ?知ってる感じだったし常連じゃねぇの?」
「いや、俺の時は…」
一度来た客の顔は、よっぽどじゃない限り忘れないはずだ。
「まぁ、いーけどよ。なんか萩と馬があったらしいんだよなー。しらねぇけど」
「萩が言うところの、ジェラっちまったってやつか?」
「それは萩の特権だろうが、俺は手綱付けて泳がすんだよ。大人だからな」
「ふはっ、」
「おい、今どこで笑ったんだよ。失礼な奴だな」
「はははっ、」
朝のせいか、いつもより穏やかな運転に笑いが止まらない。
「はははっ、」
「お前!いつまで笑って…って、ゼロ?」
「…っ、」
疲れたのかもしれない。
確かにここ数日立て込んでいたし。
あまり寝れてもいなかったが、ショートスリーパーなのでそんな気にもしていなかったのだが。
信号が赤で止まる。
ガサゴソと音が聞こえて、ぐいっと押しつけられたのは質の良いティッシュ。
「ふっ、…松田、案外いいティッシュ使ってるんだな」
「バカにしてやがる。が絶対このティッシュがいいってな。ほら、よく俺の車乗ってたから」
少し距離を置こうと思ったのに、こんなところにでさえ面影がある。
「んなことより、どうしたんだよ」
「何がだよ」
「俺がこう言うの苦手なの知ってんだろ?メソメソしてんじゃねぇ!そう言うのは、萩か…ヒロの旦那の領分じゃねぇか」
「メソメソ?それこそ俺の領分じゃない、」
「そーだな、の領分だなって、そう言うことじゃねぇ。お前は仕事で泣くような奴じゃねぇか、そうだなのことか?」
「…さすが、名刑事」
「茶化すなよ」
「なんでもないんだ。ただ、子供が巣立つ時の親の気分」
「なんだよそれ、」
信号が変わって、またアクセルを踏む松田。
「一歩踏み出そうとしてるに、ヒロはどうするんだよって言いかけた。それで気づいたんだ。
俺も足枷に過ぎなかったんだなって…
あの日、ヒロのこと打ち明けたのは俺だから、その責任を果たそうっておもってたんだ、今までは」