第9章 きゅう
久しぶりにゆっくりと寝られた気がする。
パンの焼ける音と香りで目が覚めた。
「おはよう、」
「おはよう」
目は覚めたものの、覚醒しない頭でその声に近づく。
「今日は、ポアロ?」
「うん」
パタンと、バイクに乗った時みたいに彼の背中に耳を寄せる。
「あぶないよ?包丁使ってるから」
とくんとくんと、動く心臓の音で少しずつ意識がはっきりしてくる。
「顔洗ってくる」
「うん」
バシャバシャとかおを洗って、拭く。
ぐうっと、久しぶりにお腹が鳴った。
私、生きてる。
ふと、そう思った。
「お腹すいた?」
「ん」
「よかった」
谷原さんが、安堵したように表情を緩めるから、私の持った傷が少しずつ塞がれていくような気がしてならない。
「谷原さん、」
「名前でいいよ」
「航平さん」
「うん」
「ありがとう」
「昨日も聞いたよ、…そうだ、送ってく」
「え?」
「ちょっとでも一緒にいたいんだよ、…だめ?」
かぁっと、熱が上る。
「い、いよ」
「ふっ」
やっぱり勝てない。
朝ごはんは、目玉焼きにウインナー、それから白米。
あと、お浸し。
しっかりと味が戻ったわけじゃないけど、昨日、航平さんの作ってくれたご飯をたべてから、なんとなく食事に対しての抵抗がなくなった気がする。
「それ、配膳してくれる?」
2人分の茶碗、航平さんが何も言わずにヒロのを使う。
コーヒーとミルクみたいに、溶けて混じって合わさって、そっと私に優しさをくれる。
「うん」
航平さんが座って、2人で手を合わせる。
「「いただきます」」
揃った声に、胸が弾んだ。
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「帰りも、迎えにくるから」
「でも」
「めいわく?」
私が断れないように、優しさを向けてくる。
「ううん」
「閉店間際、珈琲のみにくるから」
「うん、航平さんも行ってらっしゃい」
「行ってきます。あー、チューでもしておく?」
「しません」
「あ、待って」
路肩にバイクを停めて、それに跨ったまま私の腕を引く。
自転車が後ろを通り過ぎてった。
「危なかったね」
あ、目が合った。