第8章 はち
そっと、口から手が離れる。
「…それから?」
「それから、…、それから、…」
自分の言葉に、酷く胸が痛む。
「ずっと、息がしんどい」
「うん、」
「ヒロがいない世界は、空気がないみたいで。
ヒロがいなくても、世界はそんなに痛手じゃなくて、私に新しいを押し付けてくる。
目や耳をふさいでも勝手に新しくなってく。
たくさんの新しいことを知るたびに、ヒロが私から押し出されてくみたいで、嫌だ」
自分で言ってても支離滅裂で、何言ってるんだろうって思うのに、どうしてこの人はちゃんと受け止めてくれるんだろう。
ヒロのこと、この人は何も知らないのに。
まるで自分に責任があるかのような、そんな雰囲気で話を聞いてくるから、困る。
「だからなの、たぶん」
「…」
「ヒロがいない世界は綺麗じゃないって、色なんかわかんなくてもいいって、…違うの、ヒロと見た色だけ世界だけ覚えてたかったの。
新しい味なんていらない。
ヒロと一緒に食べたのだけ、ちゃんと私の中に残しておきたかったの」
「…」
「でも、全部、全部痛くないの」
全部痛くなくて、全部痛い。
「だって、ヒロが私を守ってくれたから」
「守った?」
「自分を差し出してまで、…ヒロの痛み考えたら、私の痛みなんてちっぽけなの。
そんなの、わかってるの」
「…その人は、君をずっとそうやって苦しめてるじゃないか」
「私がヒロに好きって言ったから、いっぱいわがまま言ったから、…。
私がいなかったら、って、思うよ。
ヒロの代わりだったらって、プレゼントあげるみたいにヒロに私のいのちあげられたらよかったのにって、」
轟々と燃えていた炎が、ゆっくりと鎮火されてくようにおちついてく。
ずっと溜めてた言葉が私の中から消えてく。
膿を出したような、そんな気持ちだ。
ほっとしたような、せつないような、言い尽くした言葉が私を空っぽにしたみたいだ。
谷原さんは大丈夫かな、私の言葉を溜めたりしないだろうか。
…と、顔を挙げる。
変わらず優しい目を向けてくる。
謝らなきゃと、口を開いた瞬間に私の耳に届いた声。
「じゃあ、俺にちょうだい?」
「え…、」
「の、いのち。
そうやって、言いたいこと俺になら全部言っていいよ」
ふわっと、笑う。