第1章 いち
「いこっか、水族館だっけ」
「うん」
凪いだ海みたいなヒロが好き、だから、海の一部を見せてくれる水族館が好き。
言ったことはなかったけど。
「ヒロはさ、いつも約束守ってくれるじゃん」
「そうかな?」
「うん、だから信じて待てる」
「急にどうしたの」
「だけど、急がないでいいから。時間かかってもいいから、私ちゃんと待てるし」
「…うん」
「走ってこなくていいよ、汗かいてるヒロもかっこいいけど。
疲れてるヒロ、癒してあげたいなって思うのに、私を理由に疲れさせるのは違うじゃん?」
「敵わないな」
照れてた時、繋いだ手が一瞬強く握られる。
そんな瞬間も好き。
「電車で行こう」
「うん」
ヒロの運転も好きだけど、
電車に乗る時私を守るように、立つヒロが好きだから。
私の肩越しにヒロが車窓を見てる。
その真剣な眼差しが好き。
「ひろ、」
だけど、少し嫉妬しちゃうから。
クイッと裾を引っ張る。
「ん?」
その楽しそうな声も好き。
「ついたら、クラゲみたい」
「くらげ?」
「うん」
穏やかな海を模した大きな水槽で、ふよふよと浮かぶくらげは、ヒロと過ごす時の私の気持ちみたいで。
なんだか見ていて幸せになる。
「いいよ、…クラゲってに、似てるよね」
ヒロが悪戯に笑って、
「じゃあ、クラゲは海に恋してるんだ」
「そうなの?」
「そうだよ」
ヒロは、きっと言葉の意味に気づかないでしょう?
「そうなんだ」
あぁ、ヒロの一部になりたい。
同時にヒロが何かあった時、引き止められるくらい大きな存在になりたい。
「海はクラゲのことどう思ってるのかな」
呟いた私に、ヒロは何も言わなかった。
「どうだろうね」
意地悪。
「答えになってない」
「オレは海じゃないから、わからないよ」
あぁ、君を引き止めるための理由が、言葉が欲しい。
「むくれてもかわいい」
「ヒロの方がかわいい」
「オレは可愛くないよ」
電車がホームに着いて、水族館は目の前。
改札に吸い込まれてく切符。
あぁ、車掌さんにやってもらうんだった。
「大人2枚で」
受付のおねぇさんにヒロが微笑む。
そんなヒロに顔を少し赤らめたおねぇさんに、心の中で嫉妬する。