第8章 はち
「じゃあ、しっかり捕まって」
少し大きなヘルメットを被せられ、あれやあれよとバイクに乗せられた私は、文句を言うまもなくその人の背中越しに腕を回していた。
「準備はいい?」
「準備って、」
「具合悪くしたって、ケンジに聞いたからさ!
今日は仕事って言ってたから、オレが代わりに迎えにきたんだよ!
病み上がりって聞いたけど、少しだけオレに付き合ってよ。いいもの見せてあげる」
「…いい、」
「…うん、いいでしょ!じゃあ、出発!!」
そんな必要ないと断るための返事を、彼は異なった解釈をする。
「え、」
「見せたい景色があるんだ!きっとそこ見たら元気出るよ!」
強引な言い草に眉を顰めてみるも、どうせ彼には見えない。
走り出したバイクは、私の知らない道を行く。
なんか前もこんなことあったなって。
記憶の中の引き出しの奥の方に眠っていた思い出が、甦ろうとしていた。
なんでもない一日だったからかもしれない。
赤信号で止まる。
「どこいくの?」
「ひみつ」
バイクの音でかき消されるから、少し大きめの声でいったのに、それでも返事はくれないらしい。
見せたい景色なんて、そんなもの今の私にはどうやったって色褪せたものにしか見えないのに。
「けど、少し遠い場所にあるから、もう少しかかる」
また信号が変わって、彼はアクセルを踏んだ。
流れて行く景色も昔の映画みたいに私には色褪せて見えるのに、背中越しに伝わる体温は優しくて暖かくて、それが現実だと知らせる。
その背中越しに手を回すのは初めてのはずなのに、変に馴染んで、私は昔から知っているような感覚がした。
ーーーー
ーー…
「ついたよ、」
その温もりに目を閉じていて、やけに安心して。
目を開けたのは、そんな彼からの言葉が聞こえたから。
「…うそ、」
「この間偶然見つけたんだ」
彼が連れてきてくれたのは、昔ヒロや降谷くんと遊んだ高台にある公園。
「ここ、…どうして、」
その時、すごく優しく笑ったから。
景色が色づいて見える。
「どうして、谷原さんが知ってるの」
一瞬顔を歪めた気がしたのに、次の瞬間にはいつも見たいな笑顔で言った。
「オレツーリングが趣味でさ。その時たまたま見つけたのがこの公園で。景色いいよな!」