第1章 いち
それから少しして、松田君が職場に呼ばれたことをきっかけに、他の2人も帰ることになった。
それまでずっと、ヒロの話をしてた。
それでもまだ、泣けなかった。
みんなの話に出てくるヒロは、私が知らないヒロで。
だけど、やっぱり変わらないヒロだった。
「ゼロによろしくな」
革靴についた紐を結びながら、萩原君が言った。
「うん、みんなが会いたがってたって伝えておくね」
わしゃわしゃと私の頭を撫でたのは、松田君。
「おう、頼んだぜ。次会う時は、根掘り葉掘り聞くから覚悟しとけって言っといてくれや」
「取り調べみたい、ほどほどにね」
苦笑いしていると、班長さんが私を気遣うように
「、辛くなったら…辛くなくとも俺の家に来てくれ。ナタリーが喜ぶからよ」
そう言うから、
「はは、うん。毎日行っちゃうかも」
こんな私でも、
「じゃあ、俺の家にも来い。掃除してくれ」
「やだよ、萩原君に頼んでよ」
心配してくれるような、優しい同期をもったヒロが少し羨ましいと思った。
みんなに慕われるヒロ。
あぁ、ヒロはいなくなっちゃいけない人なのに。
「じゃあ、ハギ頼むわ。ほんじゃーな、そろそろ行かねぇと、佐藤にキレられちまう」
「うん。みんな本当に今日はありがとうね、お仕事頑張って」
みんなの逞しい背中を見ながら、もう5人の姿は見られないんだって、パタンとドアを閉めてもそのくらいにしか思えない。
ご飯の支度をしないと。
こんな時でも体は正直で、ぐうっとお腹が鳴った。
ヒロのご飯、また食べたかったな。
なんて、…。
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夕飯を作り終えて、1人だけの食卓。
だけど、それは今に始まった事じゃない。
いてもいなくても、変わらない食卓。
俺らがいると泣かないだろって松田君は言ったけど、いてもいなくても泣かないんだな、これが。
「いただきます」
一口含んで、箸を置いた。
久しぶりに、失敗したかもしれない。
煮物の味がしなかった。
食べる気がなくなってしまった。
ゴーンゴーンと時計が夜の9時を知らせる。
時間を見てシャワーでも浴びようかと、食卓はそのままに立ち上がる。
降谷君はいつ来るんだっけ。