第3章 さん
「はい、とうちゃーく!コレ、本ね!」
ポアロの入り口の手前、彼は私にその袋を手渡した。
「またね、」
ドアを開けて私を中へ促して、ありがとうと振り向こうとすると彼はもう居なかった。
「さん、工藤邸で待ってていただければ迎えにいくってコナン君に伝えたんですが」
「いえ、そこまでしていただくわけには」
「すごい本の量ですね、」
「コナン君に激推しされちゃって。…」
「そうですか」
「安室さんって、私立探偵なんですよね」
「そうですね」
「あの、…沖矢昴さんってご存知ですか」
「………ええ」
「じゃあ、その友人の…谷原航平さんは?」
「…知りません。お会いしたこともないですね」
「そう、ですか」
ぎいっと椅子を引いて、カウンター席に座る。
「その方がどうかしたんですか」
「いや、なんでもないんです。ただ、知ってるのかなって」
コトッ目の前に置かれた珈琲。
「…久しぶりに夕陽の色を見たんです。綺麗な夕陽で、」
ガタガタっとカウンター越しに安室さんが動揺している。
「ヒロがいた毎日を思い出したんです」
珈琲は湯気をたてている。
「…なーんて、変な話してすみません。こんな場所で」
ずずっとすすった珈琲の苦味だけ感じる。
「ヒロはもういないのにね」
コトッと、ポアロと書かれたカップを置く。
「気になるんですか?…一目惚れ、とか」
「そんなわけないでしょ?私は生涯、ヒロだけだから、」
「心配ですよ、そんなあなたが」
手を洗いながら安室さんが言う。
「何年も連絡をよこさなかったあなたが言いますか?…班長さん達ならまだしも」
「コレは手厳しい」
「今更になって、やっと時間が進んだ気がしたんです。変ですよね、何も知らないのに」
「まぁ、いいんじゃないですか?もうすぐ僕ら、三十路ですし」
「…そんなに経つんだよね、変なの。萩原君達に会いたくなっちゃった。
…今日、安室さんも一杯どうです?」
「いえ、水入らずでどーぞ」
「まぁ、私立探偵さんは忙しいですよね」
「えぇ、ありがたいことに」
珈琲カップが空になる。
「いつか、行きましょうね」
「そうですね」
胡散臭い笑顔を浮かべた安室さん。
ヒロの次に、私降谷君に会いたい。