第3章 さん
正面から走ってきた男性とぶつかる。
「あ、やばいっ」
借りた本が、汚れてしまうかもしれない。
登っていた階段の途中で、このまま落ちたら私最悪…
…まぁ、それでも。
そう思った時、ガシッと逞しい力で支えられた。
「大丈夫ですか??」
少し息を切らして、額にはうっすらとした汗。
「"谷原航平"」
「あれ?さっきの!オレ名前教えたっけ?昴から聞いたの??って、大丈夫??立てる?」
自分の足で立って振り返る。
心臓がはっきりと音をたてる。
「だよね??あ、呼び捨て嫌だったりする?ごめんね??オレも航平でいいよ!ってかすごい荷物だね!良かったら、持つよ!どこまで行くの?」
と、強引に受け取られた荷物。
「ポアロまで、」
小さな声で言ったのに、おーけー、おーけー!と答えて、夕陽に背を向けて笑う。
八重歯が見えた。
「一緒に行こ!オレもあそこの珈琲好きなんだよね!」
ぐいっと手を引かれる。
繋がれた指の形は、私にフィットして。
「は、好きなのある?なにすき?」
全く違うのに、どうしてこんなに似てるんだろう。
かなしくて、せつなくて、苦しい。
「…」
「…?」
あなたが私の名前を呼んだから、
一瞬きらっと目の前がひかって。
その眩しさに目を閉じる。
「大丈夫、『』?」
全く違う声なのに、その声に目を開けると、
「あ…」
久しく見てなかったオレンジ。
「あ、」
その綺麗さに、また緩む。
「ちょっと、ごめんね」
フワッと抱きしめられたとき、香ったのは懐かしい匂い。
ぽんぽんと欲しいリズムで背中を撫でたその人。
片手で器用に本を持ちながら、私を腕に収めて。
「よしよし、泣いていいよ」
なんて、ずるいな。
「…っ、」
その背中に、腕を回す勇気は私にはなくて。
「どう?落ち着いた?」
こくっとうなづく。
「じゃあ、今度こそしゅっぱーつ!」
この人の心臓に、穴なんて空いてない。
だから、あなたじゃない。
それでも夕陽を思い出したから、
「ひろ、」
ピタッと止まったその足に、つられて私も止まる。
「さ、右見て左みてー」
…なんだ、横断歩道か。