第1章 いち
「納得させたいなら、血、…拭き取らないでそのまま持ってくればよかったじゃん」
「」
「こんな綺麗な状態でもってきてさ、ドッキリみたいじゃん」
冷静なのか、そうじゃないのか、自分でもわからない。
「それでなくても、ヒロ。帰ってきてなかったんだからさ。降谷君が私に言わなかったら、私はどこかでヒロが生きてるって思ってやっていけたんだって」
降谷君は珈琲を飲まない。
「証拠なんていらない、私は警察じゃないもの」
空きっ腹だからか、1日を通してカフェインを摂りすぎたのか胃が痛い。
「証拠が必要なのは、降谷君の方でしょ。携帯もこの弾もなかったら、大変なことになっちゃうんでしょ」
「…」
「降谷君、ヒロがいなくてもさ、私の世界はまわるんだよ」
まるで自分に言い聞かせるみたいに。
「こんなの見せなくたって平気、ヒロがいなくなったからって、生きるのを辞めたりなんてしないよ。
ヒロみたいに、諦めたりなんてしない」
「ちが、ヒロは諦めたわけじゃ」
「せめて、誰かのせいにできればまだよかったんだけどね」
「…潜入捜査だったんだ、だから、だから君を巻き込みたくないってヒロはいつも言ってた。
君のこと、本当に大切に思ってたよ」
グッと、拳に力が入る。
「降谷君に言われたって、嬉しくない…あぁ、誤解しないで。
降谷君、ヒロのこと1番に知ってるから、降谷君がヒロがこう言ってたって言ったら、馬鹿みたいに期待しちゃうから。
ヒロが本当にわたしのこと、大切に思ってたって…」
目頭が熱くなるのに、それだけだ。
「ひろはさ、私が好き好きうるさいからさ、そばにいてくれただけなの。
初めて好きっていわれたから、勝手に記念日って言って無理に約束してもらってさ、…結局最後まで、あの一回しか言葉にしてくれなかったってことが、事実なのに」
「それは、」
「みんなにも言ったけど、付き合ってるようで付き合ってないんだよ。ハグも手を繋ぐのもしたけど、それ以上は何もなかったんだから。
松田君が面白いこと言うんだよ、俺らがいたら泣かないだろって。
見てよ、目頭は熱くなっても、全然泣けないんだよ」
ぎいっと椅子が動く音がする。
俯いた私に体温が重なる。