第3章 逃走
結局、私たち三人は山の中で一晩過ごすことになってしまった。
春とはいえ、雪の残る山の夜は相当に寒い。
それぞれが木にもたれかかりながら、少しでも体温を逃さないようにと上着に身を包み込みうずくまっている。
それでも私も二階堂さんも尾形さんも、全員が寒さで震えていた。
「火を起こしていいですか?」
「焚き火なんて居場所を知らせるようなものだ。闇にまぎれて襲われるぞ」
二階堂さんのささやかな望みは尾形さんに一蹴された。
「上等ですよ。探す手間が省ける。うんざりだ。クソ寒い北海道も屯田兵も何もかも…。故郷の…静岡に帰りたい」
吐き捨てるようにそう言った二階堂さんの言葉は、北海道の夜の闇に吸い込まれていった。
………空気が重い。そのうえ死ぬほど寒い。
慣れない山道を歩き回って身体は疲れているはずなのに、寒さで全く寝られない。
いや、この寒さの中寝たら逆に危険なのか?
「…っくちゅ!…っくしゅん!」
ああダメだ、くしゃみが止まらない。
ずずずっと鼻をすすったあと、3度目のくしゃみが辺りに響いた。
尾形さんが静かにしろと言わんばかりにこちらを睨んでくるけれど、生理現象なんだからしょうがないじゃないですか。
鼻の奥がむずむずして4度目のくしゃみが口から出そうになったとき、唐突にぐいっと腕を引っ張られた。
驚きでくしゃみは止まったものの、身体は引っ張られた方へと倒れ込んでしまう。
何事かと見上げると、そこには無表情の尾形さんがいた。
うるさいと怒られるのかと思いきや、ふわりとかけられたのは尾形さんの外套。
私は尾形さんの足の間に座らされ、後ろから抱きかかえられるように収まっていた。
「あー!ずるい!」
そんな私たちを見た二階堂さんが声を上げた。
「いいなぁ、人間湯たんぽ…」
「俺も入れてくださいよ」と二階堂さんがすり寄るも、「気色悪い」と尾形さんに足蹴にされる。
「くしゃみで谷垣に気付かれたら困るからな」
そう言って尾形さんは私を抱き込む腕に少しだけ力を込めた。
そうですね、尾形さん。確かにあったかいです。めちゃくちゃあったかいです。くしゃみも止まりました。
だけどこれじゃあ、今度はドキドキして寝られやしないじゃないですか!