第3章 逃走
「真ん中の窓、窓から何か捨ててます」
二階堂さんが言った通り、窓からバサッと何かが地面に転がった。
それは火がついているようで、煙がモクモクと辺りに立ち込め始める。徐々に視界が悪くなり、燃えているものの周辺がどんどんと見えづらくなっていく。
「煙幕を作って飛び出す気です!」
谷垣さんに逃げられると焦った二階堂さんが声を上げるも、尾形さんからの反応はない。何かを考えるようなしぐさをした後、尾形さんは走り出した。
「先手をとられた」
アイヌの村に戻ると、そこに谷垣さんの姿はなかった。
その代わりに、おばあちゃんの家の壁には大きな穴が開いていた。人一人が出入りできそうな穴。
それも私たちがいた崖からは完全に死角になっている場所に。
煙幕にこちらの意識を引き付けて、そのすきにこの穴から脱出したのだろうことはすぐにわかった。
谷垣さん、無事でよかった!
私は二人に気付かれないようにほっと胸を撫でおろす。
やはり知り合い同士が敵対して殺しあうところなんて絶対に見たくない。
尾形さんも二階堂さんも、このまま谷垣さんのことは諦めてくれないかなぁ。
「やられたな。だが手負いでは遠くまで逃げられん」
希望を込めて尾形さんを見上げるけれど、私のそれは脆くも打ち砕かれるであろうことが尾形さんの表情から簡単に読み取れた。
「谷垣狩りだぜ」
谷垣狩りって何?
ネーミングセンスないんですか、尾形さん。
その後私たちはアイヌの村をあとにし、尾形さんが言うところの『谷垣狩り』を始めた。
けれど谷垣さんはマタギの出身らしく山に詳しいこともあり、なかなか逃亡の痕跡を見つけられずにいた。
そのうち段々と辺りが暗くなり始め、ついには日が暮れてしまった。
「完全に見失いました」
二階堂さんが悔しそうに呟いた。
「どのみち俺たちはもう鶴見中尉の元へは戻れない。谷垣が残りの造反者を中尉に報告しようがもう俺の知ったことではないですよ」
二階堂さんはそう続けた。谷垣さんのことはどうでもいい。もう追うつもりはないと。
「見捨てるのか」
尾形さんのその言葉にも、二階堂さんの気持ちが揺れることはなかった。
「もう俺は金塊なんてどうだっていいです。一分一秒でも早く、杉元佐一をぶっ殺したい」
こ、怖っ…!
杉元さん逃げてー!