第3章 逃走
尾形さんは二階堂さんに指示を出しながらも、銃を構えたままずっとおばあちゃんの家に狙いを定めている。
「二階堂、しっかり監視しておけ。あの家は出入り口が一箇所、窓が三箇所、谷垣はそのどれかから逃走するかもしれん」
谷垣さんを待っていた間に、しっかりと家の間取りも確認していたんですね。
さすが経験豊富な軍人さん。ただぼんやりと待っていた一般人とは見ているところ、考えていることが全然違う。
少しだけ感心してしまった。
ふいに双眼鏡を覗いていた二階堂さんがピクリと反応した。
「向かって一番右の窓に動きが…」
カギ爪のようなものが出てきて窓を塞いでしまったとのこと。
もちろん双眼鏡も何もなく、自前の目しかない私にはまったく見えませんでした。
「このまま夜を待って、闇にまぎれて逃げるつもりかもしれませんよ」
「それならそれで家に近づいて潜むまでだ」
暫くそのまま様子を窺うも、あちら側には特に動きはない。
命のやり取りをしている自覚がこれっぽっちもなくなっていた私はすでにこの状況に飽きていて、これは本当に夜まで待つつもりなのではないかと軽く絶望を覚えた。
その時、ようやく尾形さんが構えていた銃を下ろした。
「………そろそろ移動しよう」
このままここにいたとして、夜になってしまってはさすがに距離があり過ぎて、谷垣さんが家から出ても確実に見失ってしまう。
先程の言葉通り、谷垣さんが潜んでいる家に近づいてその動向を監視しようという腹積もりだろう。
徐に尾形さんが腰を上げようとしたところを、二階堂さんの声が引き留めた。
「待ってください。今度は一番左の窓…わずかに動きが」
二階堂さんの「双眼鏡でこちらを見てます」の言葉とほぼ同時に、辺りに銃声が鳴り響く。
気付いたときには尾形さんが遠くに光る双眼鏡を撃ち抜いていた。
銃は構えていなかったはずなのに、なんて早業。
「当たりましたが…悲鳴も無いですね」
「双眼鏡の動きがうそ臭い」
尾形さんは警戒したように、再び銃を構え直した。