• テキストサイズ

ハタチの誕生日に明治時代にトリップした話

第3章 逃走


「…ありえません‼︎」

今までよりも強い口調で、谷垣さんは否定した。
しかしその視線の動きを尾形さんは見逃さなかった。

「いま…自分の銃を見たのか?」

谷垣さんの頬を汗が伝う。
ついでに言うと、私の額にも冷や汗がびっしりと浮かんでいた。

「銃に飛びついてもこれがなくては使えんぞ」

いつの間に外したのか、恐らく壁に立て掛けられている谷垣さんの銃のパーツであろうものを、コンコンと自分の額に当てる尾形さん。
二階堂さんが懐から拳銃を取り出すのが見えた。

その場の全員に緊張が走る。
一触即発。谷垣さんの言動いかんでそれが戦闘開始の合図になりうる状況だ。

「尾形上等兵殿」

優しい谷垣さんのことだ。その表情から、アイヌのおばあちゃんや子供を巻き込みたくないと思っているのが手に取るようにわかる。
当然、他の2人もそんなことは分かっているだろう。

「どうかこのひとたちだけは…」

谷垣さんがそこまで口にしたところで、ここに来てからずっと銃に添えていた左手を離し、尾形さんは「冗談だ」と笑って見せた。
ほんの少しだけ張りつめていたものが緩むが、谷垣さんの表情は硬いままだ。

「しばらくここで恩を返したいなら好きにしろ。見なかったことにしてやる」

ポンっと谷垣さんの肩を軽く叩くと尾形さんは立ち上がった。
このまま何事もなく出ていくのかとほっとしたのも束の間、「ああそうだ、ところで…」と振り返った尾形さんの言葉に場は再び緊迫した空気に戻される。

「不死身の杉元を見たか?」

…もう勘弁してください、尾形さん。
重苦しい空気に耐えられなくなった私は泣きそうだった。

「奴はアイヌの子供とつるんで刺青人皮を持っている。俺が出会った場所から一番近い村がここだ」

顔!顔近い!
神妙な面持ちの谷垣さんに限界まで顔を近づけて、まるでその表情筋の動きを1ミリたりとも見落とすまいとしているように尾形さんが迫る。

「いいえ」

「そうか」

谷垣さんの返答に納得がいっているのかいないのか、尾形さんはそう言うと今度こそ家から出ていった。二階堂さんと私もあとを追う。

「かおりさん…、何故あなたがここに…?」

谷垣さんはすれ違いざまに驚いたような表情を浮かべた。
どう答えたらいいのかわからず、ぺこりと会釈を返しておいた。

というか谷垣さん。
私の存在に今気づきましたね?
/ 65ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp