第3章 逃走
どれくらい経っただろうか。
恐らく1時間も経っていないと思う。
ガサガサと家のすぐそばで物音がした。
ピリリと尾形さんたちに緊張が走るのがわかった。
尾形さんは肩に立てかけている銃を持ち直し、二階堂さんはとんとんと叩いていたおばあちゃんの肩に両手を置いた。
私もごくりと唾を飲み込み、部屋の入り口をじっと見つめる。
外にいる人物は杉元さんだろうか?
もしも杉元さんだったら、いきなり銃撃戦とか始まっちゃったりするんだろうか?
困った。まだそんなものを目の当たりにするほど心の準備が出来ていない。
3人が見つめる玄関から、何かを話しながら1人の人物が現れた。
その人物は部屋の中に視線を送った途端、驚いた表情を浮かべた。
「尾形上等兵殿…」
「谷垣源次郎…」
入ってきたのが杉元さんではなかったことに安堵する。
この人は師団で何度か話したことがある。確か谷垣一等卒。
とても穏やかで優しい笑顔をする人だったと記憶している。
ということは、尾形さんたちの仲間ってことだよね。じゃあいきなりここで戦闘…なんて事態は回避出来たのかな?
「村の人間からこの家に怪我をした兵士がいると聞いて待っていたが、谷垣…お前だったのか」
「山でアマッポ…仕掛け弓にかかり、毒で動けなくなっているのをアイヌの方々に助けられました」
谷垣さんはここに滞在していた経緯を説明した。
しかし尾形さんはなにやら納得がいっていないようで、その表情が険しくなる。
「歩けるまで回復したのにどうして鶴見中尉のところに戻らない?」
え?嘘。なにやら不穏?
そういえば尾形さんたちは第七師団を抜けてきたわけだから、谷垣さんとは敵同士になってるのか?あーわからん!
谷垣さんは歩いたのは今日が初めてで、しばらくは恩を返すためにここに滞在する予定だったと告げた。
「『今日が初めて』ね…」
二階堂さんがおばあちゃんの肩を揉みながら意味深に呟いた。不穏!!
尾形さんが続ける。
「玉井伍長は今も行方が分からん。野間も岡田も、お前と行動していた連中は誰も戻ってこない」
やめて尾形さん!これ以上不穏なこと言わないで!
玉井伍長たちとは逸れたのだと主張する谷垣さんだけど、尾形さんと二階堂さんは完全に疑っているようだ。
そしてトドメの一言を、尾形さんが言い放った。
「お前が玉井伍長たちを殺したな?谷垣…」
