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ハタチの誕生日に明治時代にトリップした話

第3章 逃走


アイヌのおばあちゃんの家を出て、再び森の中を歩き始める。
今回も尾形さんの足取りには迷いがなく、目的地があるようだった。

雪の中、山道を進む。
少しでも気を抜くと足を滑らせて坂道を転げ落ちかねない。
山道にも雪山にも当然慣れていない私は、大袈裟なほど慎重に歩を進めた。

「遅れてるぞ、足手まとい」

こちらを振り向いた二階堂さんにそう声を掛けられて焦ったのがいけなかった。
踏みしめられ固まった雪の上に置いた足がずるっと滑ってバランスを崩す。

「ぅわわ…っ!」

身体が後方に傾いて、このままでは頭から地面に突っ込んだあとそのまま坂道を転がり落ちてしまう。

なんとか踏ん張らなければと腹筋に力を入れるけれど、完全にバランスを失っているうえに坂道ではどうしようもない。
そう、人類は重力に逆らうことは出来ないのだ。

ゆっくりと後ろへ倒れる身体をどうすることも出来ずもうダメだと思ったそのとき、バタバタと中空を上下して最後の抵抗を示していた右手が捕まれた。

地面へと倒れる寸前の身体はピタリと止まり、腕が引っ張られたことでなんとか体勢を立て直す。
背中に腕が添えられ支えられる。

ぐいっと引っ張り起こされたところで眼前に現れた尾形さんの顔に、ドキリと心臓が跳ね上がった。

め、めちゃくちゃ顔が近いんですけど…!

「気を付けろ」

そう言う尾形さんに返事をすることもなく硬直している私に何を思ったのか、尾形さんはさらに顔を近づけてくる。

目の前に整った顔が迫ってきて、心臓がさらに煩く騒ぎ立てる。
近い!近いですって、尾形さん!

暫く私の顔を凝視していたかと思ったら、尾形さんはニヤァと実に不愉快な笑顔を浮かべた。

「なんだお前、そんなに照れることないだろう」

「て、照れてないですよ!」

ムキになって叫んだところで尾形さんには見透かされているのだろう。だって、絶対に顔が真っ赤になっているだろうから。

「そうかそうか」

「万が一照れていたとしても、相手が尾形さんだからってわけじゃないですからね!」

「そうかそうか」

必死に反論する私を軽くあしらって、尾形さんはニヤニヤと口の端を歪めたまままた山道を登り始めた。

「お前らイチャつくのやめろ」

後ろで二階堂さんが呟いた。

二階堂さん、違いますよ。
この人は私をからかって遊んでいるだけです。
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