第3章 逃走
教えられた家を訪ねると、中にいたのはおばあさん1人だった。
先程シンナキサラと叫んでいた子供も私たちと一緒に家へと入ってくる。ここの子なのかな?
「ばあさん、ここに兵士がいると聞いたがどこにいる」
尾形さんの問いかけを理解しているのかいないのか、おばあさんはアイヌ語でなにかごにょごにょと話している。
どうやらこのおばあさんは日本語が出来ないらしい。
さて困ったどうしようかと思ったのは私だけのようだ。
尾形さんと二階堂さんは躊躇うことなくその場にどかりと座り、「戻ってくるまで待たせてもらう」と図々しくも言い放った。家主の意見などガン無視である。
さすがにそこまで厚かましくなれない私は、尾形さんの隣に小さくなって座らせてもらった。
暫くの間、沈黙が続く。
時間を持て余しているのか、二階堂さんが「肩たたきしてあげるよ」とおばあちゃんの背後に回って、とんとんと肩をたたき始めた。案外優しいな。
私も何もすることがなく、なんとなくぼんやりと隣に座る尾形さんの顔を眺めていた。
医務室でも思ったけど変な…もとい、個性的な形の眉毛だなぁ。
尾形さんといい鯉登少尉といい、明治時代の人は変わった眉毛をしている人が多いのだろうか。
包帯が取れて露になった痛々しい顎の縫合跡。
なにやら崖から落ちたときに岩にぶつけて顎を骨折したそうな。めちゃくちゃ痛そう…。
黒目がちな瞳に、高くも低くもないけどすっと通った鼻筋。
顎髭の形もなんか変だけど、やっぱり全体的に整ってるよなぁ。
「なんだ、人の顔をジロジロと見て」
横目でちらりとこちらを窺う尾形さんに、気づかれていたかと内心焦りながらも平静を装う。
「いや、尾形さんって案外モテそうだなーと思いまして」
その言葉が予想外だったのか、まん丸の瞳を大きく見開いた。包帯がない状態で見るのは初めてだけれど、やっぱり猫ちゃんみたいだと思った。
「ははあ…」
尾形さんはそう息を吐くと口の端を上げて、右手でオールバックにしている髪をゆっくりと撫で上げた。
え⁉︎なんですかその無駄にエロい仕草は。クセですか?クセなんですか⁉︎
「俺に惚れたか」
したり顔でこちらを見つめる目がなんだか勝ち誇っているように見えてとてつもなく癪に障る。
「違いますよ!」
全力で否定しておいた。