第3章 逃走
まだ少し雪の残る山道を進む尾形さんの後ろを、二階堂さんと私がついていく。
尾形さんの迷いのない足取りから、どこか目的地があるように感じた。
「尾形さん、どこかに向かってるんですか?」
ちらりとこちらを一瞥したあと、前に向き直って尾形さんが言った。
「杉元に遭ったところだ。もしかしたらまだ近くにいるかもしれん」
ああ、尾形さんがコテンパンにやられたところですね。
なんてことは当然言えるわけもなく、やはり尾形さんも金塊のありかが示してあるという刺青を狙っているのだろうかと推察してみる。
隣で二階堂さんが「杉元ぉぉ…」と小さく唸っているのがとても怖い。
しばらく歩いたところで目的地に着いたのか、尾形さんは小高い丘の上で双眼鏡を覗き込んだ。ぐるりと辺りを見回してふいに動きが止まった。
「村があるな…」
行ってみるかと呟いて、村があるという方角へと歩を進めた。
そこはアイヌの小さな村だった。
木と茅で作られたいかにも昔話に出てきそうな家々が並んでいる。
独特な模様の入った民族衣装を身に纏った人たち。
見慣れない化粧を施した女性。
初めて見るその光景に、まるでどこかの観光地にでも来たかのような感覚を覚え少しワクワクしている自分がいた。
そんな私とは反対に、村の人たちは突然現れた3人組に訝しげな視線を送っている。軍人2人に女1人なんて組み合わせ、そりゃあ不審に思うよなぁ。
「シンナキサラ!」
私たちの後方から唐突にそんな叫び声が響いた。
驚いて振り向くと、小さな子供が私たちを順番に指さして「シンナキサラ!」と叫んでいる。アイヌ語…?
眉を顰めているところを見ると、どうやら尾形さんもアイヌ語はわからないらしい。
アイヌの子供は一通り言い終わってすっきりしたのか、満足げに鼻をフンッと鳴らした。
「この村に何か用でも?」
おお!日本語!
どうやらアイヌの中にも日本語が話せる人がいるらしい。
後から聞いた話では、和人と商売をする際に必要なため、比較的若い世代のアイヌの人たちは日本語が話せるそうだ。
「俺たちと同じ軍服を着た男を見なかったか?」
尾形さんの問いに男は頷いた。
「怪我をしてこの村に滞在している兵士がいるが、あんたらあの男の知り合いか」
ニヤリと、尾形さんの口角が上がるのが見えた。