第2章 第七師団
「あー、今日も疲れたー!」
午後の仕事がひと段落して、自室のベッドに飛び込んだ。盛大に伸びをした後、ふかふかとまではいかないがそれなりに寝心地のいいそれに身を任せる。
昨日シーツを洗ったばかりで、まだ少しだけ残るお日様のにおいが心地いい。
夕飯の準備まではまだ少し時間がある。さてなにをしようかと考えていたとき、それは唐突に訪れた。
バンッと、ノックもなく無遠慮に扉が開いた。
何事かと飛び起きたら、扉の前には軍服に外套姿の男が銃を持って立っていた。
こんなところで物騒なと思いながら、それが誰なのか確認しようとじっと顔を見据える。
初めて見る顔なのに、どこか見覚えがある気が…。
まん丸の真っ黒な瞳と視線がかち合って、ようやくその人が尾形さんだということに気付いた。
おお、包帯をとった顔初めて見た。
「ぼーっとするな。さっさとここから出るぞ」
謎の感動で呆ける私にそう言うと、外套を翻し尾形さんは足早に廊下を突き進んでいく。
慌ててまとめてあった荷物とコートを手に取ると、私もあとに続いた。
「この女も連れていくのか?足手まといじゃないのか」
「こいつには使い道がある」
尾形さんに問いかけた二階堂一等卒はにわかに信じ難いといったような表情でこっちを見ていたが、二階堂さんが一緒だとは思ってもいなかった私もきっと同じような顔をしていたことだろう。
外套を頭まですっぽりと被った尾形さんと二階堂さん、そしてメイド服姿の女中という異色の組み合わせが兵舎の中を駆け抜けていく。
師団施設の敷地内から出て、すぐに森の中に身を潜めた。そのまま木々で身を隠しながらずんずんと進んでいく。
ある程度進んだところで双眼鏡を覗いた尾形さんが「少し休むか」と呟いた。肩で息をしている私に配慮してくれたのだろう。
「ほら、もう足手まといだ」
馬鹿にしたように二階堂さんが言った。
もう春ではあるけれど、足元にはまだ雪が積もっている。
令和の都会育ちには雪山行脚はさすがに堪える。まだ日が高く暖かいのが救いだった。
「師団を出るのは夜だと思ってました」
暗闇に紛れた方が見つかりにくいのに。
素直な疑問をぶつけると、尾形さんから返ってきた答えに噴き出してしまった。
「宇佐美を尿瓶で殴って抜け出した。目を覚ます前に出来るだけ遠くに行きたい」
尾形さん、それはグッジョブです!
