第2章 第七師団
「ボンボンと婚約したんだってな」
尾形さんには何を言われたってもう驚かない。
医務室のベッドから一歩も動いていないくせになぜかやたらと情報通な尾形さん。
今回もどこから仕入れてきたのか、つい先日行われた私と鯉登少尉とのお見合いもどきの話題を振ってきた。
「…婚約なんてしてませんよ」
あの後、鶴見中尉と鯉登少尉にゴリゴリに推されまくって一瞬頷きそうになったけれど、隣に座る月島軍曹を見てなんとか思い留まって。
「少し考えさせてほしい」と直接的ではないけれどお断りの際の常套句を返させていただいた。
「おかしいな、鯉登少尉が嬉しそうに吹聴している声が聞こえてきていたが。『かおりは自分の婚約者だ』と」
ところがどっこい、鯉登少尉にはそれが伝わっていなかったらしい。
それどころかなぜか彼の中では婚約が成立してしまっているようだ。
え?「少し考えさせて」って、明治の世では「OK」の意味なの?そんなバカな。
「音之進さんが勝手に言っているだけですよ。私にはそのつもりはさらさらありませんから」
私が月島軍曹を好きになりかけてるって知っているくせに。尾形さんも意地悪だなぁ。
「その見合いの席には、鶴見中尉もいたんだったな」
「はい、そうですけど…」
私の返答を聞いて、尾形さんは真剣な顔でなにやら考え込んでしまった。医務室を沈黙が包む。
「………」
手持無沙汰な私は、無意識にじっと尾形さんの顔を見つめていた。
…変な形の眉毛。
その下にある大きな黒目に、スッと通った鼻筋。
ん?あれ?
包帯ぐるぐる巻きの状態だから顔なんて意識した事なかったけど。
もしかして尾形さんって、ちゃんと見たらカッコいいのでは?
そう考えたら医務室に二人きりのこの状態が、なんだか急に気恥ずかしくなってきてしまった。恋愛経験がさほど多くない私の心臓はバクバクと暴れ始める。
「…おい」
「は!はい!」
唐突に話しかけられてつい大声で返事をしてしまった。
いかんいかん。尾形さんのことを意識してるなんてバレたら、絶対揶揄われるに決まっている。
尾形さんは不審な眼差しを向けながらも言葉を続けた。
「いつでも出られる準備をしておけ」
「え?」
「近いうちにここを出る」