第2章 第七師団
ずずずっと身体を乗り出して近づいてくる鶴見中尉に、怖さのあまりすでに泣きそうだった。
これって、もしかしなくてもなにか感づいてる…?
記憶喪失が嘘ってこと?私がこの時代の人間じゃないってこと?ずっとずっと未来から来たってこと…?
一体なにをどこまで悟られてしまっているのか見当もつかない。
必死で考えるけれど思考がぐるぐると回るだけで、徐々に恐怖で頭が真っ白になっていく。
その時、硬直している私の目の前で、突如鶴見中尉の額当てからドロッとした液体が溢れ出した。
「わ…っ!」
突然のことで悲鳴をあげ仰け反るも、私以外の3人は至って冷静だった。
「失礼、脳汁が出てしまったようだ」
「中尉殿、こちらをどうぞ」
月島軍曹が慣れた手つきで差し出したハンカチを受け取ると、中尉はどくどくと未だ溢れている謎の液体をそれで拭った。
の、脳汁ってなに?
それってそんな簡単に出ちゃいけないものなのでは?
これも明治時代ではよくあることなの?
初めて遭遇する状況に、私の頭はますます混乱していくばかりだ。
軍人さんたち3人は、そんな私の様子を気にも留めないでなにやら話を進めていた。
「鶴見中尉殿、そろそろ…」
鯉登少尉が控えめにそう進言すると、鶴見中尉が「そうだな」と頷く。
ただそれだけのことなのに、やましいところのある私は妙にビクビクしてしまう。
「かおりくんとはもっと話をしたいが、それはまた後日の楽しみに取っておくことにしよう。今日の本題に入ろうじゃあないか」
私の方へ乗り出していた鶴見中尉は正面へと向き直ると、背筋を伸ばして姿勢を正した。
中尉の隣に座る鯉登少尉も襟を正し、緊張したように表情をキリッと引き締める。心なしか、口元に笑みを浮かべているような…。
先程までの不穏な空気はどこへやら。
なんとなく緊迫したような雰囲気に、また違った意味で冷や汗が流れた。
部屋の空気感に気圧されて、とりあえず私も背筋を伸ばして座り直した。これから一体何が起こるっていうのだろうか。
「かおりくん…」
鶴見中尉が徐に話始める。
「は、はいっ!」
思った以上に大きな声が出てしまった。
ドキドキしながら、中尉の次の言葉を待つ。
鶴見中尉から出てきたのは、思いもよらないものだった。
「かおりくん、鯉登家に嫁ぐ気はないか?」