第2章 第七師団
なんだかとてつもなく含みのある言い方だと感じてしまうのは、こちらにやましいことがあるからだろうか。
笑顔を貼り付けた頬を、冷や汗が一筋流れ落ちた。
「読み書きが出来るだけでも素晴らしいというのに、その上知識も豊富だ」
瞳を輝かせながら、今にも立ち上がりそうな勢いの鶴見中尉に見つめられる。
その言葉で初めて、自分のしていた失態に気付かされた。
明治時代の女の人って、読み書き出来る人少ないの…?
うんうんと、中尉の隣で頷く鯉登少尉。
「これだけしっかりと読み書きが出来るということは、余程家柄がいいのでしょうね」とは月島軍曹の言葉。
彼らの中で、何やら良家のお嬢様説が私に浮上してしまっているようだ。
いえいえ違うんですよ。令和ではこれが普通なんです。
義務教育のおかげで、日本人の識字率は99%なんですよ。
とは言えず、ただ黙ってにこにこしていた。
だけど、この流れは私にとってはありがたいかもしれない。
ただの良家のお嬢様だと思われていれば、まさか未来人だとは想像しないだろう。
内心ほっと胸を撫で下ろしていたが、鶴見中尉はやはり一筋縄では行かなかった。
「かおりくんが着ていた洋装も見たこともない形だった。あれはどこで手に入れたのかな…?」
にっこりというよりにやりと形容した方がピッタリの笑顔で、鶴見中尉に問いかけられる。
「さ、さあ…」
「中尉殿、かおりさんには以前の記憶がありませんので」
引き攣った顔でとぼける私の隣から、月島軍曹が助け舟を出してくれた。さすが月島さん!
まあ本人は助け舟とは思っていないだろうけど。
「ああ、そうだったな」
記憶喪失!なんて都合のいいフレーズ!
しかし、安心したのも束の間。鶴見中尉の追撃は止むことを知らなかった。
「あの洋袴の生地、あれも今まで見たことがない」
デニムって、まだないんでしたっけ?
「それに冬の小樽をあの薄着で外出していたとは考え難い」
真夏の東京にいましたから。
鶴見中尉はそこで一呼吸置いた後、飲み込まれそうな真っ黒な瞳で私を射抜いた。まるでコンクリートで固めらたかのように、身体が動かなくなる。
怖いくらいに中尉の口角は上がっていた。
「かおりくん…。君は一体どこから来たのかな?」