第2章 第七師団
洗濯物を畳み終え午後の仕事がひと段落着いたタイミングで、廊下の向こうから月島軍曹が歩いてくるのが見えた。珍しく鯉登少尉が一緒ではない。
ここぞとばかりに慌てて駆け寄ると、意を決して声を掛けた。
「医学を学びたい?」
「本格的なものではなくてもいいんです。ただ、皆さんがケガなどをされたときに、少しでもお力になれたらと思って…」
先日、杉元さんが連れてこられた日からずっと考えていたことだ。明治時代で、この第七師団で生きていくために、私が出来ること。
鯉登少尉がいたら絶対にダメだと言われそうだったから、軍曹が1人の時を狙ったのに。
月島軍曹は元々の渋い表情から、さらに眉間にシワを寄せた。
「ここには衛生隊がいます。かおりさんがそんなことをする必要はありません」
きっぱりと断られてしまった。が、これで引き下がるわけにはいかない。
「それはわかっています。でも、もし皆さんに何かあったときに、1人だけ何も出来ないのは嫌なんです」
私では戦うことはできない。そんなのは始めから無理だってわかっている。
だったらせめて、ケガを負った人の治療が出来たなら。
「しかし…」
「お願いします…!皆さんの邪魔にならないようにしますので…!」
なおも渋る月島軍曹にこの通りと勢いよく頭を下げると、しばらくして上から盛大な溜め息が聞こえてきた。
「…鶴見中尉殿に話をしてみます」
私のしつこさに観念したのか、月島軍曹は仕方ないと言わんばかりの表情で呟いた。
「ありがとうございます!月島さん!」
「…っ!」
ばっと顔を上げ、嬉しさのあまり目の前の人物に抱き着いた。
目の前の人物って、もちろん月島軍曹なわけで。
お礼を言ったところで、自分のしでかしてしまったことに気付く。
「ごっ、ごめんなさい…!嬉しくてつい…っ」
月島軍曹に回していた腕をパッと離して慌てて謝った。
ヤバい。心臓バクバク。絶対顔赤い。
両頬を抑えて恐る恐る月島軍曹を見上げる。
きっと「なんだこいつは」と言わんばかりの怪訝な顔をしているに違いない。
と思っていたのに。
右手で口元を抑えている月島軍曹の頬が、ほんのりと赤みを帯びていた。