第2章 第七師団
「不死身の杉元が来たらしいな」
尾形さんの不意打ち発言にビクリと肩が揺れてしまった。
危うく持っていた花瓶を落とすところだった。
ちなみに、花瓶の水を交換するのも花を持ってくるのも私しかいない。だって尾形さん、ほら、人望ないから。
「ど…どこでその話を…?」
確かに来ました。来たというか、鶴見中尉に捕まったといった方がいいのかもしれない。
鶴見中尉と話をして、監禁されて、大暴れして軍人さんを殺して逃げたそうな。
幸い大暴れしたその場に私はいなかったので、凄惨な現場は見ずに済んだ。これが日常茶飯事なのだろうか。明治時代、恐ろしい…。
だらだらと冷や汗をかきながら尾形さんの方へ振り返ると、存外平気そうな顔でこちらを見つめていた。
なんだ、尾形さんを病院送りにした張本人だって聞いていたからさぞかし恨んでいるのだろうと思っていたけど、たいして気にしちゃいないのだろうか。
「あれだけ騒いでいて気づかん方がおかしい」
ため息を零す尾形さんに、ですよね…と苦笑いを返す。
「…で、杉元はどうだった?」
「とっても優しそうな好青年でした!」
笑顔で素直にそう答えると、「ほほう…」と急に尾形さんの声が地の底を這うようなものに変わった。
生け終えた花から視線を移すと、先程とは違い黒いオーラを纏った上等兵の姿が。
尾形さん、目が完全に据わってますけど。
「元気そうにしてたか?」
「…そうですね。元気そうでしたよ」
「そうか…」
段々と雲行きが怪しくなってきた。
尾形さんの周りのオーラがどんどんとどす黒く重いものに変化していくのがわかる。
「…俺をこんな姿にしておいていい気なもんだな、杉元ぉ」
ダメだ!やっぱりこの人めちゃくちゃ杉元さんのこと恨んでる!
尾形さんはベッドに横になったまま、にんまりと歪んだ笑顔を浮かべている。こ、怖っ!
「そうか…杉元は好青年だったか…」
やばい。怒りの矛先がこちらに向かってくる。
「その…、まぁ…わりと…?」
汗が止まらない。尾形さんの視線が痛い。
別に私は素直な感想を言っただけなので何も負い目を感じることはないんだけど。杉元さんは私に対しては本当に優しかったし、紛れもない好青年だった。なおかつ顔もいい。
だけど尾形さんにとっては重傷を負わされた相手だ。
そりゃこうなるよな…。
私はたまらず医務室を飛び出した。
