第2章 第七師団
「鶴見中尉殿からだ」
鯉登少尉が大きな箱を両手に抱えて部屋までやってきた。
後ろにはいつもの仏頂面を貼り付けた月島軍曹が控えている。
なんか、前もこんなことがあったような…。
あの時と違うのは、箱を持った鯉登少尉が何故かにっこにこの満面の笑みを湛えているところだろうか。
え?なに?怖いんですけど。
「音之進さん、この箱は…」
「今夜の食事会に着てくるようにと鶴見中尉殿からのご伝言だ」
そう言って無理矢理箱を押し付けると、少尉と軍曹は部屋から出ていった。
ぺこりと律儀に会釈をすることを忘れない月島軍曹は、今日も着実に私をトキメかせてくる。くそー。
渡された箱を机に置いて、さてどうしようかと腕を組んだ。
どうしようかって、開けるしかないんだけど。
なんだかとっても嫌な予感がするんだよなぁ…。
少し躊躇しながらも、蓋の両端を持ち引き上げた。
マットな素材に目立たない程度の薔薇の箔押しがされたお上品なその箱は、見ただけでとてつもなく高価なものが入っているとわかる。
「うわぁ…」
箱の中から出てきたのは、全体に細やかな刺繍の施された綺麗なワンピースだった。やっぱり、こんなん絶対高いやつじゃん。
とりあえず一回箱から出して広げてみる。少し濃い目のオレンジ色の生地に花の刺繍。襟や袖など所々にあしらわれた白いレースがよく映えた。フワリと揺れる裾に重ねられたレースが、女の子らしくてとても可愛いと思う。
可愛いとは思うけども。
「いや、似合わなさそ〜」
20年間一般庶民を貫いてきた私には、とてもじゃないけどこんな高そうなもの着こなせそうもない。
でも、だからと言って、上司と呼べる立場の人に誘われた食事会にメイド服で行くのは失礼だよね。令和時代の服で行くなんて以ての外だし。
めちゃくちゃ高そうなワンピースか、メイド服か、デニムのホットパンツか。
なんというか、そもそも私には選択肢なんてなかったのだ。
「…買い出しでも行くか」.
ワンピースを静かに箱に戻すと、私は現実逃避をするように街へと向かった。