第2章 第七師団
宇佐美上等兵はそれがわかっていて私に揺さぶりをかけている。
鶴見中尉に危険が及ぶかもしれないものを出来うる限り排除するためか。それともただ単純に、鶴見中尉に近づこうとしているように見える私が気に食わないからなのか。
どちらかは私にはわからないけれど、もしくはその両方なのかもしれないけれども、どちらにしても宇佐美上等兵にとって私が邪魔者であることには変わりない。
彼には私が『記憶喪失を装って上官に近づくとんでもない悪女』に見えていることだろう。
もちろん私としては、全然全くそんなつもりひとっかけらもないんですが。
なんだったら、出来るだけあの死神にはお近づきになりたくないとさえ思っているのですが。
軍人として上官を守るため、鶴見担として自担を守るため、宇佐美上等兵は日々戦っているのです!
じゃなくて。
とにかくこの状況をなんとかしないと。
記憶喪失でないことがバレてしまったら、どんな仕打ちを受けるかわからないのだから。
「……」
宇佐美上等兵は沈黙を貫いたままこちらを見つめている。
怖い。私の本心なんて簡単に見透かしてしまうような、その瞳が怖い。
「…ああ、そうか」
呟くような声だったけれど、静まり返った医務室にはそれはとてもよく響いた。
口角をフッと上げたかと思うと、宇佐美上等兵は少しだけ身体を起こして怯える私を見下ろした。
「本当のことを言わないっていうのなら、鶴見中尉殿に近づこうと思わない身体にしてしまえばいいんだ」
「は…?」
言っていることの意味がすぐにはわからなくて、アホ面のまま宇佐美上等兵を見上げる。
「殺しちゃうのが手っ取り早いんだけど、それだと僕が鶴見中尉殿に怒られるかもしれないし…」
何やら恐ろしいことをブツブツ呟きながら、宇佐美上等兵は続けた。
ようやく自分の身に危険が迫っていることに気づいたが、時すでに遅し。ベッドに押し倒された身体はどうやったって動かなかった。
つい先日も、軍人との力の差を思い知って絶望したというのに。
まったく学習していない自分に心底呆れてしまう。
「僕が汚してあげるよ…かおりのこと…」
宇佐美上等兵はニヤリと笑うと、自身の軍服のボタンに手をかけた。