第2章 第七師団
本当は記憶喪失などではないと。
バレてはいけない。動揺してはいけない。
バクバクと暴れる心臓をなんとか抑えつけ、平静を装って答えた。
「…そうみたいです。こちらでお世話になる前のことは、なにひとつ思い出せないのです…」
俯いて目を押さえ、必殺の泣いているフリ。
大体の男はこれで追及をやめてくれるのだと、私はこの第七師団で教わったのです。
だがしかし、この宇佐美時重という男は一筋縄ではいかなかった。
泣いている(フリの)私の顔を覗き込んで、「ホントに~?」と未だに疑いの眼差しを向けてくる。
ちょ、近い!近い!
鯉登少尉といい、ここの人たちはなんでこんなに顔を近づけてくるの!?
宇佐美上等兵は目尻に特徴的なほくろのある瞳を細めて、なおも追及の手を緩めない。
額と額が触れそうなところまで距離を詰められて、さすがに耐えられずに顔を上げた。
「…わっ…!」
勢い余って、そのまま後ろのベッドへと背中から倒れ込んでしまう。
よかった!ここが医務室で…!危うく床に後頭部を盛大に打ち付けるところだった…!
ほっと胸を撫でおろす私の視界がフッと暗くなる。
何事かと思い視線を上にあげると、覆いかぶさるように宇佐美上等兵が迫ってきていた。
「…ホントのホントに記憶喪失?」
まだ言うか。
なんでこの人にだけこんなに疑われているのだろうか。
他の人はみんなもれなくコロッと騙されてくれるのに。
その理由は、宇佐美上等兵の次の言葉で発覚した。
「鶴見中尉殿の気を惹くために、記憶喪失って嘘をついてるんじゃないの?」
ああ、そうだった。この人も鯉登少尉と同じくらい、いや、それ以上の強火の鶴見中尉ガチ勢、なおかつ同担拒否勢だった。
ずずずずっと迫ってくる宇佐美上等兵。
眼前に宇佐美上等兵。背中にはベッドの柔らかい感触。
まるで押し倒されているかのようなシチュエーションだけれども、ドキドキとうるさく騒ぐ心臓の音は決してトキメいているからではない。
「そ…そんなことありません。私は本当に…」
とりあえず、記憶喪失であると主張することしか今の私に出来ることはなかった。
それが本当であろうとなかろうと、証明する術が何もないのだから。