第2章 第七師団
「月島軍曹となにかあったのか?」
医務室に定期報告に来たら、顔を見た途端開口一番そう言われてしまった。尾形さん、鋭すぎません?
「別になにもないですよ」
とはいえ、月島軍曹の笑顔が見られただけで、本当にそれ以外は何もないのでこちらとしても特に言うことはない。
しいていうなら、私が月島軍曹の所謂「おもしれー女」化していることくらいだろうか。
そんなこと、明治時代の軍人さんに言ったところで意味不明だろうけど。
「まあいい…」
そう言ったところで、尾形さんはピタリと動かなくなった。
目を瞑り無表情でベッドに横たわる。
ああ、これはあれですね。
私ももう慣れたもので、瞬時にその意味を理解して口を閉じた。
まもなくガラッという音と共に、誰かが医務室へと入ってくる。
「まーたここにいた」
「げっ」
声を聞いた瞬間に振り返らずとも来訪者がわかり、思わず変な声が出てしまった。
「ちょっと!聞こえてるんだけど」
不機嫌な声で文句を言いながらこちらにやってくるのは、大日本帝国陸軍第七師団、宇佐美時重上等兵だ。
しまった。つい本音が出てしまった。
振り向くと眉間にシワを作った宇佐美上等兵がこちらを見下ろしていた。
「今日も百之助の見舞い?よく飽きないね」
寝ている尾形さんを一瞥して、どかりと隣のベッドに腰を下ろす。
「ははは…」
毎度毎度この手の質問には苦笑いしか出来ない。
だって、誰も尾形さんが話が出来るほどに回復しているとは知らないのだから。
下手に誤魔化すようなことを言ってボロが出てしまったら、私が尾形さんに殺されかねない。
宇佐美上等兵は黙ったまま、しばらく沈黙が続く。
とても気まずい。
この宇佐美という男は、尾形さんと同じくらい何を考えているのかがわからない。
フレンドリーなようで妙に距離感があり、こちらを見透かしたようなことを平気で言う。
一言でいうなら、『苦手』だ。
そんな苦手な男と二人きり。(正確には3人なのだが、尾形さんは意識を失っているふり中なのでノーカウントで)気まずくないはずがないのだ。
「ねぇ…」
静まり返る医務室に、宇佐美上等兵の声が響いた。
それだけでビクッと肩を揺らしてしまう。
「かおりってさ、ホントに記憶喪失?」
宇佐美上等兵の目がギラリと光った気がした。