第2章 第七師団
眉間のシワをそのままに、ずずっとこちらに近づいてくる鯉登少尉。
身体がぶつかるんじゃないかという程の距離まで来たところで、じっと顔を見つめられる。
その間もずっと顰めっ面を貼り付けているんだけど。怖い怖い。
「かおり…」
名前を呼ばれたと思ったら、鯉登少尉の右手が頬に添えられた。
少しずつ顔が近づいて、まるでこのままキスでもされるのではないかという距離感に、心臓が少しだけ早く脈を打つ。
だって鯉登少尉、顔は整っていらっしゃるから。
それになんだか少尉の頬も、ほんのりと赤くなっているような気がする。
「鯉登さん…」
「…私のことは音之進と呼べ」
眉間にシワを刻み、頬を染めて、鯉登少尉が言った。
「おとのしん…さん?」
繰り返すようにそう呟くと、鯉登少尉は満足したのか強張っていた表情を緩め、右手をパッと私から離した。
それからちらりと尾形さんが眠るベッドに視線を向ける。
「…尾形上等兵の見舞いか?」
「あ、はい」
私の返事に鯉登少尉は、とっても不愉快だと言わんばかりの表情を浮かべて腕組みをした。
「一度意識が戻ったと聞くが、その後は眠り続けているのだろう?かおりが足繁く通う必要もないだろう」
それが奥さん、この人実はとっくに意識を取り戻してて話まで出来るんですよ!とは言えず、「ははは…」と苦笑いが溢れた。
「でもこい…音之進さん、数日ですが同じ病室で過ごした仲なので、容態が気になるんです。それに、目を覚ました時に誰かが側にいた方が、尾形さんも安心すると思いませんか?」
にこりと笑顔を向けると、鯉登少尉ははぁ…と小さく溜息を吐いた。
「かおりは優しいのだな。まあそういうことなら好きにすればいい」
「相手が尾形上等兵というのが気に食わんが」そう吐き捨てるように呟いて、鯉登少尉は医務室を後にした。
尾形さん、鯉登少尉にめちゃくちゃ嫌われてない?やっぱりないんだなぁ、人望。
そんなとてつもなく失礼なことを考えていると、後ろからニヤついた声が聞こえてきた。言うまでもなく、尾形さんだ。
「やっぱりたらし込んでんじゃねぇか」
だから、たらし込んでないってば!!