第2章 第七師団
第七師団で女中として働き始めて3日が経った。
初日こそ鯉登少尉とひと悶着あったものの、それ以外は特に大きな問題もなく過ごせている。
何より師団の皆さんが優しくて優しくて。
私が記憶喪失だという話が広まっているようで、それを気の毒に思ってくれているのか、とても良くしてもらっていた。
荷物を運んでいたら代わりに持ってくれたり、困っていたら声をかけてくれたり、何かにつけてお菓子を差し入れてくれたり。
「いい具合にたらし込んでるな」
「イヤな言い方やめてもらえます?」
たらし込んでるつもりなんてさらさらないですよ!
尾形さんのお見舞いに来たらめちゃくちゃ失礼なことを言われてしまった。
「皆さん私を気遣ってくださってるだけで、変な意味はないですって」
「それはどうかな」
未だにベッドに寝たきり状態の尾形さんがふんっと鼻で笑った。
尾形さんは、私以外の人たちにはまだ意識が戻っていないふりをしているようだった。
私は日に何度かお見舞いを装って食事を届け、その際にこうして少し話をするのが日課となっていた。
始めのうちは誰か来やしないか、誰かに見つからないかヒヤヒヤしていたが、毎日の定時の見回り以外で誰かが訪ねてくる気配は一向にない。
なるほど、尾形さんさては人望ないな?と悟るまでに2日とかからなかった。
ただ、何故意識が戻らないふりをしているのかは、やはりさっぱりわからない。
「尾形さ…」
答えてくれないだろうけど聞いてみようかなと声を掛けた時、ガラッと医務室の扉が開く音がして、慌てて次の言葉を飲み込んだ。
尾形さんを見ると、瞬時に大きな瞳を閉じ無の表情を作り出す。プ、プロだ…。なんのプロかよくわからないけど。
まだ見回りの時間は先のはず。珍しい訪問者に目を向けると、鯉登少尉が少しムッとした表情を浮かべ立っていた。
「こんなところにいたのか…」
やばい。このお方、なんかとても不機嫌では?
また何かやらかしてしまったのだろうかと不安になる。
「なにか御用でしょうか?鯉登少尉」
慌てて立ち上がると、鯉登少尉はさらに不機嫌に顔を歪ませた。
「お前は軍人ではないのだから、その呼び方はするなと言っただろう」
「ああ、すみません。えと…鯉登、さん」
階級を付けずに呼んだ私に、何故か鯉登少尉はまたもや眉間のシワを深くさせた。