第2章 第七師団
「その服…」
ずっと黙っていた鯉登少尉が呟いたかと思ったら、がしっとワンピースの胸ぐらを掴まれた。
突然のことで抵抗することも出来ず、そのままの状態でさらに睨みつけられる。
少尉の後ろでは月島軍曹が「鯉登少尉殿…!?」と驚いた様子で私から引き剥がそうとしていた。
え…?もしかしてこれ殴られるやつ?
マジで私、なんかやっちゃった?
いやでも、鯉登少尉とは昨日部屋で少し顔を合わせただけで、会話すらしていないのに。
「なんだ…?」
「大丈夫か?あれ…」
周りの人たちも鯉登少尉のヤバい雰囲気にざわついているのがわかる。
勤務初日から騒ぎを起こす女中なんて、とんだ問題児じゃないか私。
「この服…」
鯉登少尉が再び呟いた。
ワンピースを握り締めている手元を見つめていたかと思ったら、顔を上げカッと瞳を見開いた。
「昨日鶴見中尉殿から貰ったやつだな…!!!」
「わ…っ、そ…っ、ど…っ!」
ガクガクガクと前後に激しく揺さぶられ、声を出しても上手く言葉にならない。
「少尉殿!落ち着いて下さい!」
月島軍曹が間に割って入ってくれて、ようやく身体の揺れが治まった。た、助かった…。
一体何が起こったのかと呆然とする私に、「大丈夫ですか?」と月島軍曹。こくこくと頷いて無事なことを告げるとはぁ…と深いため息をひとつ零した。
呆れた表情で未だにこちらを睨み続ける鯉登少尉を見ながら、月島軍曹は全く状況がわかっていない私に親切に説明してくれた。
「少尉殿は鶴見中尉殿を大変尊敬されているのですが、少し行き過ぎたところがあるのです」
ああ、なるほど。わかりました。
全て理解致しました。
尊敬する上司から何処の馬の骨とも知れない女がプレゼントを貰ったのが気に食わない、と。そういうことですね?
「まあ…わかりやすく言えば」
月島軍曹は再び深いため息を吐いた。大変ですね、軍曹…。
理由さえわかれば誤解を解くことは難しくない。
「鯉登少尉。この服は着物が着られない私を気遣って鶴見中尉がご用意して下さっただけで、特別な意味合いは何もありません」
にっこりと、穏やかに、人畜無害を絵に描いたような笑顔でそう告げる。私に敵意はありませんよというアピールだ。
鯉登少尉は一瞬目を見開いた後、ばっと勢いよく顔を逸らした。
心なしか、鯉登少尉の耳の先が赤くなっているように見えた。
