第2章 第七師団
「かおりさん、こちらです」
月島軍曹に案内され通された部屋は、人ひとりが寝泊まりするには十分過ぎるほどの広さだった。
ベッドに机、ちょっとしたクローゼットまである。
「こんな立派なお部屋を使わせて頂いていいんですか?」
「どうぞ。お気になさらずご自由にお使い下さい」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をすると、月島軍曹もぺこりと会釈をして「では」とだけ言い部屋を出て行った。
「はぁ~…」
途端に身体中の力が抜け、盛大な溜息と共にその場に座り込む。緊張で張りつめていたものが一気に解けて、身体もふにゃふにゃと溶けてしまいそうだ。
自分の素性を一切明かせないということで、重度の記憶喪失で押し通そう、というのが、尾形さんとの密談の末決定した私がこの時代で生き抜くための設定だった。
さすがに記憶喪失だと主張する娘に酷いことはしないだろうという尾形さんの読み通り、取り調べも拷問も受けることなく、記憶が戻るまでの間、一時的に軍で身柄を預かるという形をとることになった。
これでどこまで誤魔化せるかわからないけれど、一先ず寝床の心配はしなくて済みそうだ。
もちろんただでというわけではなく、ここ大日本帝国陸軍第七師団で女中をするというのが条件だ。
何もせず住まわせてもらうのも気が引けるので、私としてはとても有難い申し出だった。
とりあえず病み上がりということで今日一日はお休みをもらい、明日の朝から軍での女中生活が始まる。
気を引き締めていかねば…とぐっと拳を握りしめたその時、コンコンコンとドアをノックする音がした。
「はい」
返事をして扉を開けると、そこにいたのは鶴見中尉だった。
ちょっとだけ身体がのけぞる。
この人、苦手なんだよなぁ…。
「やあ、かおりくん。部屋は気に入ってくれたかね」
「あ、はい。ありがとうございます。私にはもったいないくらいのお部屋です」
それはよかった、と笑顔の鶴見中尉。笑顔なんだけど、なにか裏があるような気がするのは警戒し過ぎだろうか。
「鯉登少尉、例のものを」
「はっ!」
鶴見中尉の後ろにいた変な眉毛の人が、抱えていた箱を私に差し出す。
ものすごい形相で。
え…怖いんですけど。
「私からのほんの気持ちだ。明日からはこれを着るといい」
鯉登少尉から睨まれながら、私はそれを受け取った。