依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第4章 乗り越えるほどの愛があるか
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月初めの週末。
店には、ガヤガヤと言葉にならない声が溢れている。
🌸は、ロンググラスいっぱいに入ったジンジャーエールを一気飲みして、目の前に座る腐れ縁を見据えた。
「ありがとね、ロー。部屋、見つかったから」
その意味を理解している悪友は、昨日まであったそれが外されている彼女の薬指をちらりと見てから、手元のお猪口に視線をおろした。
「来週、引っ越す。ロシーさんに、お礼言っといて」
おかげでいい部屋見つかった、と無理に笑う。
手を付けていないお冷から掬った氷を冷えたおしぼりで包み、乱暴に🌸の目元に押しやる。
「泣くなら他所で泣け」
「冷たいなぁ」
素直におしぼりを受け取って、目に当てたまま上を向く🌸に、徳利の酒をすべてお猪口に移して一気に煽る。
近くにいた店員に「焼酎2合。あと、お冷ジョッキで」と至極、冷静にオーダーした。
自分だって、飲んでないとやってられない。
「知らない人と2人って、怖いね。
いくら『過去に』愛し合って何年も一緒にいたって、わからないんだもん」
今の私には、と鼻を啜っておしぼりを取る🌸。
そのまま机に俯せる。
首裏で組まれた手の甲。
微かに肩が震えている。
「たまに、『怖い』と思っちゃうんだ」
あんなに優しいのに、と、そこに残るまだ新しい傷に掛けてやる言葉が見つからない。
「『前の私』は、そういうところが好きだったのかな」
微かに震えている声。
こんな時、彼女の親友でもある妻がいたなら抱きしめてやってるんだろう。
けど、代わりに自分がそれをしたところで、男だということで彼女が思い出すのは彼のことだけだろうし、追い打ちをかけるようなものだと理解している。
「🌸ちゃんのお話、聞いてあげてほしいの」と涙を浮かべて懇願した妻が、一番、彼女の話を聞いて抱きしめてやりたいと思っている。
けれど、身重の体でそうしたら、必要以上に気を使う質の彼女が一層気を使うとわかっているから、せめてもと自分に頼んだ心情を汲んで、微かに嗚咽を零す後頭部を黙って撫でてやる。
彼女が気に入ってコレクションしていた香水のうち、「彼が気に入ってるから」と、大きめのボトルで買うようになっていた藤の香りがした。
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