依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第3章 君を想うとき
運転席にいることに慣れていた。
後部座席に座ることが増えて、ずっと前に聞いた彼女のトラウマのことを思い出す。
助手席に乗せてくれたのが嬉しかった、と言った顔も。
地下に入りかけた車に、運転席の仲間へ声をかけた。
「🌸を迎えに行くんだ。表に置いといてくれ」
運転席からルームミラーを確認したヤソップ。
目が合うと、了解、と言ってビル前のロードパーキングに停めた。
渡された鍵を受け取り、片方を肩にかけたジャケットの胸ポケットに落とす。
「彼女は?」
ふわ、と動き出したエレベーター。
文字盤を見上げて隣に立つベックマンを見上げる。
「昨日、少し笑ってくれた」
しょうもないことで、と思いだして口角があがる。
「昔の話を、少ししたんだ。笑い話になった仕事の失敗とか。あと、しょうもない🌸との痴話喧嘩のこと」
ほんとにしょうもない、と思い出して笑う。
「その時と全く同じ言い方で『私が悪かった?』って同じ顔で言うから可笑しくてな」
ポーン、と目的の階に着いたエレベータ。
お帰りなさい、お疲れ様でした、と迎えてくれる社員。
「仕事に復帰したのはよかったと思ってる」
🌸にとっても俺にとっても、と執務席に座って穏やかな表情で一息つく。
「昨日は、キムチチャーハン作ってくれたし」
いつも食べたいと言ったものを作ってくれるけれど、と彼らしくない、ぎこちない笑い方。
「社長!コーヒー、淹れましょうか?」
中堅どころの直属部下が、ついでですけど、と自分のマグを掲げる。
「ああ!頼む。ミルクだけくれ」「あいよー」
相変わらず、社内では慕われすぎて尊敬の態度が薄れている。
「セシルの後任だが」
ベックマンの言葉に、長く息を吐いて目を閉じる。
「アメリを置く。いいか?」
「俺が『任せる』と言ったことを確認するのは、珍しいな、ベック」
くるりと椅子を回して背向けると、背後からため息。
「後で駄々こねられても困るからな」
開いた色のない瞳で、ずっと遠くを眺めているシャンクスがガラスに映った。
目線を固めたまま、胸の内ポケットから取り出したのは、赤い万年筆。
筆記用具としての機能を失ってしまったそれを、握り込む右手。
微かに震える手で内ポケットに戻すと、ガタリ、と立ち上がる。
「上に、忘れ物した」
早足にすれ違うジャケットの左袖が靡いた。