依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第9章 狩人の試行錯誤02
🌸が言葉を紡ぐ唇の動きを追う。
どこか居心地悪そうに、困ったように組む指先の整った爪を眺める。
時折、サイドの髪が唇に絡んでいる。首にまとわりつく髪を少しうっとおしそうに肩の向こうに払うと、一方の首筋がはっきりと見えて、その細い首をじっくりと眺めてしまった。
友人の彼女が席を外してから、心ここにあらず、といった様子の🌸の意識をこちらに向けたい、と考えていると、少し身動いだ彼女の口元が光る。
(なんだ?)
一度目につくと気になって、伸ばした手の指先でそっと拭う。
柔らかな唇の感触に一瞬触れた指先。
🌸は、逃げなかった。
キョトンとして触れられていた。
テーブルに備え付けられたペーパーを一枚取って、指先を拭うと、薄いピンクが残った。
(ルージュ?グロスか)
ドリンクを飲んでいるうちに唇から溢れたのだろう。
ほんのり色づいて艶めいている。
ずっとその指先を見ている🌸の視線に気付き、クリームがついているように見えた、と誤魔化すと、彼女は慌てて口元を拭う。
その仕草が可愛らしくて、微笑む。
ナンパの交わし方と言い、数年前には恋人もいたようなので異性に不慣れ、という事はないらしい。
にも関わらず、ほんの少しの肌の触れ合いに明らかな動揺を見せたり、照れを誤魔化そうとする様子に口角が上がる。
数時間の出会いの中で、くるくると変わる彼女の表情が楽しいと感じる。
友人を過度なまでに保護するかと思ったら、その婚約者のことを「魔王」だとか「マッドサイエンティスト」だとも言う。
静かに話を聞いているかと思ったら、こちらが引き出せば心地のいい声でゆらゆらと語る。
慌てると瞬きが増えて、淡い瞳が潤む。
パーティや社交の場で受ける女性からの視線とは全く違う、一切の計略がない眼差しが久しく感じていない想いをくすぐるようで心地良い。
近すぎず、遠くもない距離。
黒曜石を思わせるような瞳に映り込んだ自分と見つめ合う。
時折、瞬きに遮られる輝き。
(そこに、住めたのなら)
ただ、ただ、見つめるだけで巡る心地よい熱に、身を委ねてしまいたい、と考えていたら、彼女を呼ぶ友人の声に応え、目線が途切れた。
電話を変わって離れていく背中を追う。
夜風に舞った髪から漂う蜂蜜の香りに、クラクラと酔ってしまいそうだった。