依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第8章 狩人の試行錯誤01
指輪を持つ彼女の申し出を断ると、ナンパ野郎には食ってかかっていたが彼女が、口を開く。
「そのあたりの礼儀は通さないと、魔王に私が〆上げられるので」
(魔王??)
魔王って、あれか?シューベルトの歌曲のやつ、と頭の中でうろ覚えのメロディと歌詞が巡る。
高熱を出した子供を医者に診てもらうために、夜闇を馬で駆ける父親。
熱にうなされ、木々のざわめきが魔王の囁きだ、と言う息子をなだめる様子が、友人をかばった彼女に重なる。
ぴったりだ、と我慢しきれずに笑い出してしまった。
なにかおかしなことを言っただろうか?と、きょとんとして見上げてくる。
ここで別れてしまうのも惜しい、とできるだけ夜を思わせない店で、と先程見かけたコーヒーの店を案内すると素直に同行してくれた。
コーヒーではなく、紅茶を頼んだ彼女。
つれの親友の婚前旅行だという。
先の『魔王』と結婚するらしい。
優しくて強い医者なのだ、と幸せそうに語るのに対して、化けの皮を被っていて『魔王で死神でマッドドクター』が本性だと忌々しそうに語る。
腐れ縁だというDr.フィアンセに対して風当たりが強いのは、親友のことを彼女が溺愛していて、喧嘩友達のような彼に取られてしまった、と感じているようだ。
主に未来の花嫁と会話しながら、時折、こちらに向く彼女の視線を受ける。
積極性はないが、そこにいてなぜか目を引く。
風が吹くと、季節外れに柔く香る藤の香りが、強く脳裏に焼き付いた。