依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第2章 ファイナルのスタート
17時のチャイムで席を立つ。
しばらく休んでいる間に年度が変わり、人が動いてシステムが変わっていた。
慣れたはずの場所が慣れない環境になっていて、頭も体も追いつかない。
庁舎から少し歩き、バッグに入れた携帯を取り出す。
メッセージアプリを開くと同時に、新規メッセージを受信した。
-いつものところで待ってる-
(いつもの、ところ...)
シンプルな文面にため息をつく。
返事に困っていると、たった今読んだメッセージのかわりに[メッセージが取り消されました]と表示される。
そして、数秒して新着の通知。
-センター南側の駐車場に赤のSUV-
詳細に書かれた場所は思いつくけれど「赤のSUV」に何もピンとこない。
(SUV...SUV...)
多分、車の種類か車種か、と検索エンジンで調べる。
医療器具なんかがヒットして、多分違うな、と「車」の単語を足して再検索。
ああ、たしかに彼が乗る車はこんな形のやつだった、と南門へ向かう。
切り替えた携帯画面に、えっと、と考えながらトークルームを長めにスクロール。
「あ、」
以前に似たようなやり取りを見つけ、自分が送った返信の仕方を真似て入力する。
-今、庁舎出たの。すぐ行くね-
言葉の末は「ね」よりも「よ」の方が、以前の自分っぽいだろうか。
少し悩んで打ち替えて送信する。
すぐに既読がついた。
ポン、と届いたのは「待ってます」という言葉の隣で毛づくろいをしている赤毛のオスライオン。
見覚えのあるそれにまた、スクロールして過去の履歴を見る。
以前にも幾度と同じタッチのライオンが送られてきていて、彼が愛用しているものなんだろうと頷いた。
そしてそれを、以前の自分なら見慣れていた。
今朝目覚めたベッドはあまりに広くて落ち着かなかった。
携帯をバッグにしまい、それを取り出す。
カードケースの中で馴染んでいる。
返したところで彼は困るかもしれないけれど、やっぱり持っておく余裕がまだない。
早めに生活の拠点を見つけなければ。
いつまでも彼や彼の仲間たちに頼るわけにいかない。
赤いカードキーも、誕生石のペンダントも、二本の指輪も、以前の自分がとても大切にしていたのはわかる。
それをくれた彼に、深く、愛されていたことも。
けれど、慣れない気配と微かな物音に息が詰まるあの部屋で過ごすには、彼について何も思い出せない自分がいるのだ。