依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長
第36章 謝罪の抱擁を
おやすみ、と極力笑顔で手を振る。
ピタリと閉じた扉に静かに手を当てて、ごめん、と小さく呟く。
車で会話はなかった。
いつもの様に手を握っていたかったけれど、きつく握られた拳に触れられなかった。
ズル、と扉に背を預け、その場に座り込む。
「ガキだなぁ」
周りからそう言われるし、自覚もしている。
好きだから、可愛いから、誂いたくなる。
周りもよく見ずに。
🌸は、あまり自分との仲を周囲に知られたくないんだろう。
仕事とプライベート、きちんと分けておきたい。
彼女の性格を考えれば、納得する。
同じ、公務員という立場の元彼との仲も、多分、限られた人間しか知らないことだったのだと思う。
🌸は自分のものだと、周囲に大声で言いたい自分とは真逆。
勝手に押し付けて、傷つけてしまった。
(相変わらず、俺は、最低だ)
🌸の事になると周りが見えなくなるこの悪癖をどうにかしなければ、また、彼女を傷つけかねない。自制しよう、と前もそんなことを決心したな、と立ち上がってコンビニに停めた車に向かう。
煙草に火をつけて、エンジンをかける。
ETCの機材がカードが入っていないことを警告する。
ナビが今日の日付を告げる。
「明後日のデートは、無し、かな」
たった数分前に別れたのに、会いたくてたまらない。
この腕の中にいたのに、キスもできなかった。
抱き寄せるだけで精一杯だった。
きっともう温もりもない助手席に、見慣れた影を重ねる。
-バイバイ-
ハッと顔をあげる。
扉が閉まる直前。🌸が小さく、そう言った。
「おやすみ」に対して「バイバイ」と。
それだけの事が、妙に引っかかる。
慌てて、いつものコインパーキングに車を走らせる。
チッと舌打ちをする。
今日に限って満車。
その少し先にある「空」のパーキングに入れる。
少し距離のある道程を駆け、階段を駆け上がった。
前にも聞いた呼び出し音。
初めてこのボタンを押した時は、おかえり、と迎え入れてくれたな、と落ち着かない心音を聞きながら待つ。
しん、と静まり返る廊下に、一瞬詰まった息が細く漂う。
ゴン、と鉄の扉に額を当てた。
途端、微かに中から聞こえた何かが落ちた物音。
とっさに手が伸びたドアは施錠されておらず、引き上げた部屋の中の冷めた空気に、靴を蹴り脱いで駆け込んだ。