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依々恋々-イイレンレン-@Shanks in 現代社長

第30章 傍観の白煙


時折通る、通勤ルートから少しはずれる道。
出勤前に、目的の施設に借りたものを返しに行く途中。
この時間にこんな場所から出てくるには不釣り合いに感じる派手な赤い高級車が気になったのは、仕事柄かもしれない。
まだどの施設も開館していない。自分と同じ、「時間外利用者」なのだろうと結論付けた。

気に留めることはないか、と目的地に着くと、過去に愛しあった女がいた。場所は必然で時間は偶然。
一緒にここに勤務していた時よりも、少し早い時間だった。

「🌸」
考えるより先に呼び止める。
咄嗟のことにすぐ反応が返せないのは、変わらないようだ。
おはようございます、と微笑む姿から目を逸らす。
元気だったか、と聞くと、短く肯定した。
部屋で二人きりの時。手持ち無沙汰になると撫で回していた黒の髪が2年前と変わらず綺麗だ。

なにか、とかける言葉を探す。

その時、僅かな風が二人の間を抜けた。
その風は、自分が愛飲する銘柄とは違う香りを纏っていた。
今夜、と言いかけた時、突然鳴った携帯の呼び出し音。

「はい、スモーカー」

所属の上司から、部下のやらかしについて説明を、と申し立てられる。

-どうなってんの!君のところはっ
登庁したらたしぎ警部補とすぐに署長室へ!-

絶対だよ!と言って切られた電話。

うんざりとため息をつく。

「じゃあな」

今誘うのは、と携帯をしまい込んで手を振る。
そのまま一歩踏み出した。

「いってらっしゃい」

背後から聞こえたその言葉に、ハッとする。


当時、不規則な勤務の自分と規則的な勤務だった彼女。

タイミングが合う時だけ聞いていたそのセリフに、振り返りたくなるのをグッと堪えて早足に離れた。

センターの敷地を出た交差点で上着を着込む。
信号に足を止められる。
たった数分の赤信号の間に、何度も振り返ろうとした。

交差点の信号が点滅する。

「🌸」

空を舞った、面と向かって呼べなかった名前に、少し、胸が締め付けられた。
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