第1章 始まり
「ミキ」
名を呼ばれて、私は回想を中断した。
声は下から聞こえた。
こんな時間に、誰・・・?
「久しぶりだな」
この声は――――。
声の主の姿を見つけ、私は小さくため息を吐いた。
燃えるような赤い髪。
かなり着崩した黒いスーツは、似合ってはいるものの、近寄りがたいオーラを振りまいている。
「・・・何の用?」
「つれないな」
男性は口の端を緩めた。
彼と最後にあったのは一週間ほど前だ。
久しぶりというほど懐かしさも感じない。
「今日も残業? それとも仕事上がり?」
「後者だぞ、と」
「・・・そう」
なら、安心だ。
私は少しだけ微笑んだ。
「で? 何の用?」
「様子を見に来ただけだ」
「・・・」
「体は、もう大丈夫なのか?」
「・・・どうしてそんなことを聞くの?」
大事なサンプルだから?
その言葉は、グッと飲み込んだ。
「・・・ごめん。帰って」
「ミキ・・・」
男性は、少し傷ついた表情をした。
だけど―――だめだ。
また、涙が出そうになった。
「ごめん―――」
少し涙声になってしまったかもしれない。
私は窓から離れると、ベッドに倒れ込んだ。
唇を強く噛む。
・・・彼の気配が消えた。
きっと帰ったんだろう。
・・・ごめんなさい。
私は、心の中で呟いた。