第7章 水面下
今、私はジン様に案内された城内の庭園で薔薇鑑賞中。肝心のジン様は、所要がある様で席を外している。たった一人で噎せ返りそうな薔薇を眺めていると、聞き覚えのある声が私の名を呼んだ。
「あ、ヨゼフさん。」
「久しぶりだな。」
この人は、私が町から出た先の一つ目の休息場で出会った商人だった。初対面だったけれど、話し易く軽い世間話しをしただけなのだけど。
「今、この時しか時間がないから簡潔に聞く。エイリンは、本当にこの国に身を置くつもりか?」
「えっ?それはまだ決めてなくて。」
「このままなら、あの人の離宮で囲われるぞ。あの人はあの容姿だ。他にも女がごまんといる。その一人になりたいのか?」
言われた言葉に衝撃を受けた。
「で、でも、お爺ちゃんは・・・。」
「あの人は、そういう役目を負っている。あの人に斡旋する為にだ。逃げるなら今しかない。俺の言葉を信じる信じないはエイリンの自由だ。だが、今回を逃せば二度とチャンスはないと思え。」
真剣な眼差しのヨゼフさんは、鬼気迫る表情で私を見ていた。
「本当なら、あの出会った時に何とか逃がして遣りたかったんだが。周りに監視役が多くて無理だった。」
「監視役?」
「ハンカチ、貰っていただろう?魔力がたっぷり注がれたハンカチを。巧に隠されている様だが、魔法使いの俺には一目瞭然だ。」
次から次へと知らされる情報に、私の頭はパンクしそうになった。
「イリル団長は・・・。」
「一味に決まってんだろうが。見目が良くて世間知らずで、薬師の腕がいいなんて使えるヤツだと認識されてるんだ。それに、あの人の奥方はこの国の高位の貴族出身だ。」
確かに、何処かの身分ある人だと噂で聞いたことはあった。でも、今までの一年の生活が全て仕組まれていたものだとしたら・・・そう考えると、無性に怖くなった。
「詳しい話しは、後でなら幾らでもしてやる。どうする?大人しくここで飼い殺しされるか?自由はないが、衣食住には困らないだろう。」
「どうして、私を助けようと思ったのですか?」
そう尋ねた私の言葉に、明確に安堵する表情を浮かべるヨゼフさんの顔。
「そのセリフを聞いて安心した。まだ、心まであの人に捕らわれていない様だな。手遅れなら、俺を拒絶し話しを聞く所か不審者扱いされ人を呼ばれる。」