第1章 狂犬の嫌いなあの子
出来るだけ彼を見ないようにしながら笑顔を作る。
笑顔を作るのは慣れているから得意だ。
「そろそろ帰るね。みんなも早く帰りな。みんなみたいな怖い人達がいたら店の人も困っちゃうよ」
「わーってるよ。お前も一応女なんだし、気ぃつけろよ」
茶化すような私の言葉にも、にこやかに返すみんなに別れを告げ背を向けた。
「送りましょうか?」
千冬君が言う言葉に被せるように、三途君が言葉を発した。
「いや、俺が送る」
彼のまさかの言葉に、体が固まった。
「春千夜がそんな事言うなんて珍しいじゃん」
「女子がこんな時間に一人で帰るなんて危ないから」
ニコリと笑う三途君が、私を見て背に手を当てた。見た目以上に、その力は強い。
彼が一体何を考えているのかが分からなくて、戸惑ってしまう。
すっかりみんなが見えなくなり、寮が見える場所で三途君が足を止める。
「マジでお前どういうつもりだ?」
「……どういう意味? あのさ、三途君が私を嫌ってるのも知ってるし、気に入らないのも分かるけど、私にどうしろって言うの?」
「あぁ? 分かってんならさっさとどっか行け。マイキーに関わんな。男いんのにマイキーにまで媚び売って付け入って、お前何がしてぇんだ?」
三途君の言っている意味が分からなくて、反応が遅れる。
「ハーレムでも作りてぇなら他所でやれ。マイキーにテメェみてぇなクソビッチは似合わねぇんだよ」
酷い言われようだ。しかも、男がいるだとか、クソビッチだとか、全く身に覚えがない事で、本人でもない人に責められる。
悲しさと怒りと悔しさで、涙が出る。
「チッ……泣いてんじゃねぇよ、ウゼェ……。女は泣けば何でも許されるとか思ってんだから、めでてぇ生きもん……」
三途君が話している最中に、私は彼の頬を思い切り叩いた。
人を殴ったのはこれが初めてだった。
感情が収まらなくて、涙を拭く事すらせずに彼を睨みつける。
「あんた一体何様? 万次郎が言うならまだしも、何の権利があって私に暴言吐いてるわけ? 私の事知りもしない癖に、勝手な事をごちゃごちゃと。あんたどれだけ偉いの? 意味分かんない事ばっか言って。言っとくけど、私はクソビッチって言われる程経験ないっ! てか、彼氏もいないし、処女だってのよ、馬鹿野郎っ!」