第1章 狂犬の嫌いなあの子
暗くなりそうになった気持ちを押さえ付け、私は兄に笑ってみせる。
久しぶりなうえに、わざわざ私に時間を割いてくれている兄に、暗い顔を見せるわけにはいかない。
予約してくれた高級そうな店で、緊張しながら二人でご飯を食べる。
離れている間の話をすると、兄は嬉しそうに話を聞いてくれた。
楽しい時間はあっという間で、お別れの時間が来てしまう。
「はぁ……離したくねぇなぁ……持って帰りてぇ……」
「ふふ、わがまま言わないの。また連絡するから」
抱きしめる兄の背中を撫でると、体を離した兄が私の額に口付ける。
「くれぐれも変な男には着いてっちゃダメだぞっ! お菓子くれるって言っても、ダメだからなっ!」
「私は小さな子供か」
心配がおかしな方向に行っている兄と別れ、私は寮に戻る道を歩く。
近所のコンビニの前を通ると、バイクが数台停まっているのが見えた。
「あれ? じゃん」
「おー。つか、どうした、んなお洒落しちゃって」
「へぇ、やっぱ美人は何しても似合うな」
不良はやっぱりコンビニに集まるのだろうか。
そういえば誰かが、ヤンキーは蛾と同じで光のある場所に集まると言っていたような気がする。
「万次郎にドラケンと……今日は場地もいるんだね」
三途君には触れる事をせず、ドラケンの隣で座り込む場地圭介に話し掛ける。
ロン毛を束ねてカップ焼きそばを食べながら、牙を見せて笑い「よぉ」と言った。
場地の隣にいた男の子が立ち上がる。
「さん、こんばんはっスっ! 今日は一段と素敵っスねっ!」
「千冬君、こんばんは。ふふ、ありがとう」
場地に懐いている一年生の、松野千冬君。
私にもこうやって好意的に接してくれる、凄くいい子だ。
私から見る彼は、尻尾と耳が見える。可愛くて仕方ないから頭を撫でたくなるんだけど、一応男の子相手だから言わないし我慢する。
そんな和気あいあいに話す中でも、彼の視線には刺さるようなものを感じて、普段ならあまり気にしないのだけど、何故か今日は居心地悪く感じてしまった。
兄と会って、少し昔の自分に戻ったせいなのか、前々から兄に会った後は、普段より心が弱くなっている気がする。