第1章 狂犬の嫌いなあの子
私が悪い訳じゃないのに、私が一体何をしたと言うんだろう。
浮気して勝手に産ませて。
私のせいじゃないのにと、思っていても言葉にする勇気はなくて。
弱くて無力な私は、もうどうでもいいと目を閉じた。
それを阻止して、助け出してくれたのが兄だった。
本当の兄妹じゃなくても、兄はずっと私に優しくて、どんな時でも私を助け、大切にしてくれた。
そんな兄が私は大好きだった。
父が亡くなった後、精神を病んでしまった母は自ら命を断ち、兄と私は莫大な遺産を手にした。
もちろん、子供だった私達の周りには、金に目が眩んだ親戚が寄って来たけれど、喧嘩が強くて有名だった兄に逆らえる人がいるわけもなく、私達は親戚達から離れてこの街で二人きりの生活をして来た。
私が高校に上がる頃、兄は大学に通い経営学を学んでいた。
私の事を一番に考えてくれる兄は、私を一人にするのを拒んだけれど、今まで私のせいでずっと負担を背負って来た兄には好きな事をして幸せに生きて欲しいから、初めて一人暮らしをしたいとわがままを言った。
もちろん私のそんな話を許してくれるわけもなく、私は考えた結果、寮があるこの学校に入学する事にした。
そんな立派で多忙な兄は、こうやってたまに連絡をして来てくれる。
最近会社を立ち上げた兄は、前以上に多忙になったのに、私を気にかけてくれて、申し訳なくなる。
学校が終わり、私は寮で着替えを済ませて兄との待ち合わせ場所に向かう。
「っ!」
「お兄ちゃんっ!」
声のする方を向くと、スーツ姿で子供みたいに大きく手を振る兄の姿。
無邪気に笑う彼は、凄く可愛くて兄とは思えないくらい、幼くなる。
走りよると、勢いよく抱き上げられる。
「わっ!」
「俺の可愛いお姫様は、元気そうだな」
「は、恥ずかしいから降ろしてっ!」
豪快に笑った兄は私をゆっくり降ろして抱きしめる。
「久しぶりのだ……」
「ふふ、お兄ちゃんは相変わらずだね」
大きく温かい手で私の両頬を包み込み、顔が近づいた。
「すっげぇ綺麗になった。学校で変な奴にちょっかい掛けられてないか?」
「大丈夫だよ。助けてくれる友達も出来たし」
そう言って、私は何故か三途君の顔を思い出してしまう。