第1章 狂犬の嫌いなあの子
扉を開くと、そこには長い髪に冷たい目で私を見下ろす三途君がいた。
「マイキー、来てるだろ。出せ」
「万次郎なら、今さっきドラケンと出てったよ。教室に戻ったんじゃ……」
私の言葉を最後まで聞く事なく、すぐに踵を返す三途君の服を掴む。
「触んな」
「痛っ……」
掴む手を払われ、その拍子に割と力強く打たれた手と頬が痛んだ。
冷たい目は相変わらず私を睨む。
「マイキーに媚び売って懐に入り込んだって調子乗ってんだろうけどな、俺にそれは通用しねぇぞ。俺にまで気安く関わって来んな」
言葉まで冷たく言い放った彼は、すぐに去ってしまう。
万次郎を崇拝しているのも分かるし、私の存在も邪魔なんだろうけど、そこまで言わなくてもいいだろうに。
生徒会室に戻る私は、最近やっと慣れてきた彼からの暴言に、苦笑するしかなかった。
人にここまで嫌われるのも、なかなか体験出来る事じゃない。
けど、私は一人そういう人物を知っている。
私を憎み、殺そうとまでした女を。
スマホが鳴り、通話ボタンを押した。低くて優しい声がする。
『か? 久しぶりに飯食わねぇ?』
唐突に言われた言葉に、私は笑う。
彼もまた、マイペースな人だ。
「久しぶりだね、元気にしてる?」
『おー、まぁな。お前に会えなくてお兄ちゃんは寂しいよ』
「ふふ、私も」
お兄ちゃんという言葉は、私には特別で、彼の存在もまた特別だ。
裕福な家庭は、苦労がなくて幸せ。昔友人に言われた事がある。
何も知らないくせにと、どれだけ泣き叫びたかったか。
私は父と愛人の間に出来た子供で、兄は育ての母との子供だ。
世間体を気にして、父の愛を手離したくない母は、父の前ではいい母だった。けれど、父がいない時の母は、私にとって悪魔みたいな人だった。
「あの女にそっくりになって来たあんたのその顔を見るだけで……私は気が狂いそうになるのよ……」
中学に上がってすぐに、そう言って母は私に包丁を向けた。
脅しなんかじゃない、本気の目に体が動かなくて、私は絶望した。
哀れに思うだけでも、可哀想な子だと蔑まれてもよかった。少しでも私を見てくれているならと。
だけど、母は私を殺したい程、憎み、嫌っていたのだと知る。