第3章 狂犬は彼女の全てを喰らいたい
人の唇を舐めるなんて、何てハードルの高い事を私に要求するんだろう。
「バカな事言わないの」
「バカって何だバカって」
「万が一恋人になったら、いくらでもしてあげるよ。ほら、黙って手当てされてよね」
私の返事が面白くなかったみたいで、そっぽを向いてしまった。
と思ったけど、何か考えているようにも見えて、気になった。
「何か、考えてる?」
「いや、お前を素早く落とす方法をな」
「ん? 何で?」
春千夜の手が私の髪を梳く。
「女になれば、傷、舐めて治してくれんだろ?」
意地の悪い顔が近づく。
心臓が少しだけ、跳ねた。
「お、落とせるといいね……頑張ってっ!」
他に出来ていた手の甲の切り傷に絆創膏を貼り、そこを思い切り叩く。
「いってぇっ! テメェっ……」
「その言葉遣いしてる間は、落ちないよー」
ベンチから立ち上がる私の手首が掴まれた。
「……もう、帰んの?」
「何? 寂しいの?」
少し煽るみたいになってしまった。けど、上目遣いで私を見る春千夜が、本当に寂しそうにするから、言葉に詰まる。
突然そんな可愛い事をしないで欲しい。絆されるじゃないか。
「仕方ないなぁー。春ちゃんの寂しがり屋さんめー」
「ぅっせぇっ……」
からかうと、拗ねたような顔で言うけどやっぱり何処か嬉しそうにしていて、悪くない気分だ。
会話が凄く弾むわけではないけど、話をしない時間も苦痛はなくて。
居心地は悪くない。
「あれあれぇー? こんなとこで女の子が二人して何してんのー?」
「つか、めちゃくちゃ可愛くね? 当たりじゃん」
女の子が“二人”と言ったように聞こえたけど。
隣にいる春千夜を見ると、無表情で声を掛けてきた二人の男性を見ている。
睨みつけるより、ただ感情がない状態で黙って見つめる方が怖い。
一人の人が私の腕を掴む。
「暇ならどっかいこーよー」
春千夜は突然立ち上がり、私の腕を掴む男の手を掴み捻り上げた。
「テメェ……人のもんに気安く触んじゃねぇよ……。俺の許しなく触ったからには……死体(スクラップ)だなぁ……」
腕を捻られた男が痛みに叫ぶけど、春千夜が力を緩める気配はない。
「春千夜っ、ダメっ! 腕が折れちゃうっ!」
春千夜の腕を掴む。